インドで100台の車を通りすごしたら

Trafic statistics in INDIA.

60% : Bycycle

20%: Tryccle

20%: Car,Bus and Truck

あなたがもしチェンナイの目抜き通りで100台の車を通りすごしたら、

60台が2輪車(オートバイ)、20台が3輪車(すなわちオートリキシャー)、

20台が4輪車(乗用車、バス)です。

オートバイとオートリキシャーにはさまれて自動車が走っている感じ。

India Statistic1


オートバイの運転手の7割はヘルメットをかぶっておらず、

おなじく乗用車のうちの7割はシートベルトを締めていません。

オートにいたってはシートベルトそのものがついていません。
(こちらではオートリキシャーを略してこう呼んだり、トクトクと言ったりします)

自動車のマークで一番多いのが SUZUKI、次が TATA、

ホンダとヒュダイが3位で、ルノー、トヨタ、その他さまざまが頭を並べています。

オートバイのメーカーは圧倒的にHONDAが強く、ヤマハやスズキが続いています。



わき道にそれますが、

オートに乗るときは、行き先を行って料金をあらかじめ決めます。

感覚では5分乗って50円、10分乗って100円、20分乗って400円ぐらいです。

運転手はいつも料金をふっかけてくるので、

1回「イーラナイ」って手を振って、あっち行けのゼスチャーをすると、

通常の料金を言ってくるような気がしますが、

でも、まだ甘いかも。

今日はじめて、料金を交渉しようとしたら

「メーターチャージだよ」と、言われて驚きました。

メーターチャージ



初乗り料金は25ルピー、約45円でした。




今日は大晦日、新潟の皆さんはご馳走を食べて終えて

紅白を見ている時間になりました。

現在、インド時間の6時半、日本時間の午後10時。

Ray次郎はこれからこのモールの隣にある5つ星ホテルのレストランで

久しぶりに日本食を食べに行きます。

それでは皆様、よいお年をお迎えください。
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頭に来た、インデイアポストのタコ!

Ray send New year's card through INDIA POST.

But it was very difficult as red-tape.


ホテルを背に左

ホテルを出て左へ行く道、ここを歩くこと20分ほどでモールへ行ける。

毎日5日連続で歩いた道

途中必ず4~5人の立小便を目撃する道。




ホテルを背にして右

今日は右へ出てポストオフィスへ向かう。

途中でゴミ漁りのおっちゃんを目撃したのでパチリ

ペットボトルと白い再生紙を拾っていった。

ゴミ漁り



歩くこと30分でINDIA POSTのオフィスに着いた。

ポストオフィス




①ある窓口で「絵葉書1枚につき10円切手を3枚貼りなさい」と言われ、

①タコ



②タコ

切手を買いに②切手窓口へ行く。

そこで葉書の「切手を貼るスペースに宛先住所が記入されている」と指摘された。

たしかに、切手の四角い印の個所には住所は書かれていないが、

その左側に住所が記載されている。

これでは切手を3枚も貼ってしまうと、住所が見えなくなってしまう。



そこで「スタンプを押す窓口へ行け」と言われ、③スタンプ窓口へ、

③タコ

そこの窓口で「スタンプは押さない、さっきと違う切手の窓口へ行け」と言われ、



④タコ (2)

隣棟のなぜか立派な④切手売り場ホールへ

ここでようやく「葉書1枚につき40円切手1枚になるといわれ」、購入しその場で貼付。

でもなぜ10円x3枚 ⇒ 40円x1枚になるの?

30円切手が無いってこと?




最後にようやく通常の⑤郵便受け入れ窓口にたどり着き、渡すことができた。

⑤タコ (2)


まあ簡単に言ってしまうと、こうなんですがあああ~、

聞き取れないインドなまりの英語(ほんとに英語かな?)、

Ray次郎のうまく話せない英語のやりとりで、1時間半もかかってしまった。

(じつはジェスチャーや指差しが有効だったかも)



どの窓口もつっけんどんで無愛想、

ニコリともしないし、親切に教えようという態度も見えない。

最初に40円切手を1枚買って貼りなさいとなぜ教えてくれないんでしょう??

10円切手と40円切手の売り場窓口が別棟にあるってなぜ?

こんなの日本で考えられます?

Ray次郎は頭にきたぞ!!

この公務員のタコ!! 

① 
② 
③ 
④ 
⑤ 

Mani君のお家訪問

Tricycle driver Mani took Ray his home.

His mother wellcomed Ray.

お昼前にモール近くでドライバーMani君にばったり出会った。

最初にMani君に会って、オートリキシャーに乗ったのもこの辺だった。

昼飯をおごるから一緒に食べようと誘って、安食堂へ

Mani君のお勧めで、

チキン、マトンとエッグ、たまねぎの入った焼き飯(60円)を食べた

結構、いける味。


チャーハン


Mani君が食べるとこんな風。

マ君のチャーハン





Mani君が自宅でコーヒをご馳走するから、来てと言われ、

安食堂の前の屋台でリンゴを買ってから向かった

中玉の5個、300円(日本とさほど変わらない?)

マニ君の小路


小路の入り口の先に、小さなドアの入り口があり、

中にオレンジのサリーを着たお母さんが待っていてくれた。

玄関

間口3.5m 、奥行き5.0m、建坪5坪くらいか?

ドアを入って直後にキッチンがある。

写真の手前(見えてない)にガスコンロ

台所


反対側から撮ると、コンロと食器棚が見える

右手の白い長方形部が入り口ドア

広さは4畳くらい


mani君キッチン






キッチンにつながっているのが居間兼寝室

広さは5畳くらい

手前の壁にTVが埋め込まれていて、イスに座って観るらしい。


寝室兼居間




20年前に、亡くなった父親が60万円で購入したそうだ

トイレは居住区にある共同トイレ、シャワーもなく行水。



聞けば、ここで親子5人が暮らしてきたという

えっ!!! どうやって寝たの?

キッチンに2人、居間兼寝室に3人がゴザを敷いて寝たと言う

父親が亡くなり、妹2人は嫁に出たので

今はお母さんと二人で寝室に寝ている。

ニコニコした優しそうなお母さんで、

入ると最初に、

「ナマステ」、両手を合わせ何度もお辞儀をしてくれた。

マニ君マザー


イスに座って、熱いコーヒーを飲みながら家族のアルバムを見せてもらった。

Mani君と妹さんの小さいころからの写真や、亡くなったお父さんの写真、

嫁いだ妹さんとその子供たち、おじさんや家族で行った旅行の写真、

でも写真枚数は少なく、30ページくらいのアルバムが1冊だけでした。




マニ君ファミリー


明るいMani君と、言葉は通じなかったが優しいお母さんが

これからも幸せに暮らしていってほしい。


雨のチェンナイ、小説読んで、ミールス食べた

今日は一日中雨

出かけるのがおっくうで

昨夜から読み始めた小説「復習するは我にあり」(佐木隆三著)を

朝から午後2時までかけて読みきった。

昭和38年に実際に起きた西口彰事件を題材にした長編小説。

以下はウイキペデアから西口彰事件の概要を引用します。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

キリスト教の家に生まれ、前科4犯の西口彰が1963年10月に2人を殺害し、

その後1964年1月3日に逮捕されるまで逃亡を続け、大学教授や弁護士を

かたって計5人を殺害し、計80万円を搾取した。

熊本で弁護士を装って、教戒師.古川泰龍の家に押し入るが、

当時10歳の娘が見抜き、通報することで逮捕につながった。



警察の要職を歴任した高松啓治は

「全国の警察は西口逮捕のために懸命な捜索を続けたが、

結果的には、全国12万人の警察官の目は

幼い一人の少女の目には及ばなかった」と 語った。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

小説は昭和44年、今村正平が監督して、同名で映画化され、

その年の日本映画賞を総なめにした。

主演の緒方拳の鬼気せまる演技に、感動さえ覚えたのを記憶している。

脇役の三国連太郎、賠償美津子、小川真由美、清川虹子もよかった。


映画を観た人、

ストーリーとキャストの俳優の役を思い出しましたか?




さて、朝飯と昼飯兼用の食事に出かけましょう。

行き先はいつものネットカフェがあるモール

雨が降っているので、

雨のチェンナイ

モール前の物乞いのおばちゃんたちは出勤していません。




食事はモール内の食堂で、ミールスと言う定食をたのみました。

ミールス (2)

左のボールにはライス、ステンの丸皿にはバナナの葉っぱが敷いてあり、

真ん中にパパダム(豆で作った薄焼きせんべい)と

まわりに数種類のおかずが入った小ボールが並んでいる。

カレー味が2種類、ピクルス、野菜入りヨーグルト、酸味のきいたスープ、

得たいの知れない味2種類。

まずこのおかずを丸皿の外側にならべ、せんべいを細かくして中央部分を空けます。

空いたところへライスを盛り、好きなおかずを順番にかけて食べます。

汁もののおかずが多いので、途中は

猫まんま

雑炊状態になっています。

これをインド人は右手だけで上手に食べています。

手指でつまんで食べたり、手の甲全体を使ってすくい取ったりしますので、

指の間も手の甲も子供が泥遊びしたようにグチャグチャになっています。



デザートとして、

食後

左から、プレーンヨーグルト、ココナッツミルク、杏仁豆腐あじのマロニーちゃんのスープ。

あっ、インド人はヨーグルトをどうやって食べてたか、観察しなかった。

次回にでも報告します。

Ray次郎はライスに立ててあったスプーンを使って食べました。


食事が終わると、定食屋では必ずおかれている場所へ行き、

ハンドウオッシュ

手を洗ってから帰ります。

ああ、満腹、満腹。


うんちトイレからインドが見える(その1)

They don't use toilet paper at all.

They pour water by right hand and wash buttock by left hand.

So they eat meal by left hand only.

インドへ来る飛行機の中で、日経新聞をすみずみまで読んだ。

その中で、日本政府がインドの衛生環境を改善するための援助をおこなうことや、

TOTOがインドに工場を建設するというという小さな記事が載っていた。



インドの初代首相ネールはインドが発展するのはいつからかと訊かれ、

「全家庭にトイレが設置されてからだ」と、答えたという。



農村地区では家庭にトイレがあるのは3割ほどで、

1ヶ所の共同トイレに300人が押し寄せるとネットで読んだ。

共同トイレで女性が用を足しているときは無防備になり

男性に襲われて痴漢や暴行を受けることもたびたび起こるとか。



インドのトイレの話は、

ことほど左様に政治、経済、社会にひろがる奥の広さがあるんです。



さて初日に着いたホテルのトイレは、

ホテルのトイレ

手前に洋式のトイレがあり、奥がわはシャワースペースです。

大事なトイレットペーパーがありません。

ペーパーホルダーそのものがないのです。

代わりにあるのが手桶。


インド人はこの手桶に水を汲んで、右手で持ち、

水を流しながら左手でお尻を洗う、これが常識。


常識といわれても、実際どうやってやるんだ?


自分がここでやれといわれたら、裸になっっちゃうね。

部屋には自分ひとり、隣はシャワースペースだし。



娘のNawoに「トイレットペーパー、持っていったほうがいいよ」と言われ、

1巻だけ持ってきたのは大正解だった。

ありがとね、NAWO。





初日に行ったバザールの公衆トイレは和式でした。

公衆トイレ

簡素なしつらえで、当然ペーパーなどあるはずもなく、

手桶を使って手動でウオッシュレットする方式は変わりません。



おっと、自分がここでインド式をやれって言われたら?

パンツを頭にかぶり、GパンとTシャツを首に巻く、ってことかな?

わははさんがブラジャーを頭にかぶる姿は想像できても、

Ray次郎がかぶりと巻ものしている姿は想像したくないですよね。



ここ3日ほど通っているネットカフェのある大きなモールのトイレは

新型ウオッシュレット

エセTOTO方式になっていてホースから水が出ますが、

やはりトイレットペーパーはありません。




今泊まっているホテルのトイレは

ホテルのトイレ2

でも大丈夫。

需要がないので探すのに苦労しましたが、

トイレットペーパーを4巻買ってありますから。


我が家のトイレはセンサーだらけで、

ライトやらフタやらが自動で作動し、終わると自動で水が流れる。

ウオーッシュレットは温水で、

まったくの、《オ.モ.テ.ナ.シ》 トイレそのものといった代物だ。

日本にいたときに何も感じなかったが、

インドのすさまじさを見ると、恵まれていたんだなと思う。



うんちトイレからインドが見える(その2)も

またいつか書き込みします。




  

チェンナイの目抜き通りを歩いてみたら

Slum in front of Ray's hotel.

Beggars at Madoras.

野菜サラダ


1泊分しか取れなかったので昨夜のホテルチェックアウトし、

Mani君から紹介されたホテルへ移動

WiFiは使えないが1泊500円安くなって1,300円。

初日の夜は、野菜サラダとビールを買い込んですませた。



ホテルの近くは車の修理屋が多く、

隣は溶接屋さんで昼間はガンガンとうるさい。


昨夜は夕方になって、イスラム教のマントラが大音声で聞こえてきた

今朝は朝の5時から始まった。




スラム


ホテルの前の通り沿いにある川の向こうはスラム街、

川のこちら側の道もゴミだらけで汚いが、

川向こうはさらに汚い。

スラム拡大

スラム拡大2




ホテルから川沿いの裏道を歩くこと15分で、目抜き通りに出る。

さらにネットカフェのあるショッピングモールへ向かう。

チェンナイ目抜き通り

この大きな通りの歩道を歩いて、

100人のインド人男性と100人のインド人女性とすれ違ったとしよう。

男性のうち、99人は帽子をかぶっていない、

80人はサンダルばきで、10人は裸足、10人はスニーカーか革靴をはいている。

5人しか眼鏡をかけていないし、白髪は3人、はげ2人。



女性のうち99.9人は、くるぶしまでまとっているサリー姿か

写真のような民族衣装にパンツ姿で、サンダルをはいている。

ギョっと見返る美人は2人くらいかな?

物乞い1

ショッピングモールは人の出入りが多いので、

物乞いのおばちゃん、おばーちゃんが座り込んでいる。

現地の人にはあまり手を伸ばさないが、

こちらの姿を2~3メートル先に目にすると、

通り過ぎるまで一生懸命手を伸ばしてくる。



息子だろうか、バイクに乗ってきておばーちゃんに弁当を渡すのを目にした。

やはり生業にしていて、1日仕事なんだろうな

お疲れ様です。







Mani君のガイドでチェンナイ半日観光

3 wheel driver Mani took Ray Madoras town.

Tsunami hit these area 10 years before.

First visit to Hindu temple.

Mani君


Mani君(23歳)、オートリキシャーのドライバー。

昨日乗って気が合ったので、今日の半日ガイドをお願いした。

父親が7年前に亡くなってから働き始め、今は65歳の母親と二人暮らし。



津波被害地

まず向かったのは海沿いの密集住宅地の跡。

10年前にインドを襲った津波で住宅は流され、

2,000人の命が奪われた。


海側に目を向けると、露天の魚市場が延々と続いている。

写真右上のピンクの建物は津波被害者のために政府が建てたアパート。

露天市場と新設アパート




次に向かったのはヒンズー教の寺院。

入り口にゴープラと呼ばれる塔門がある。


ゴープラ



ここに彫られている神々をズームインすると、

ゴープラ拡大

こんなになってます。




最後に昨日とは違うバザールへ。

ココナッツジュース


のどが渇いたのでココナッツにストローを突っ込んで

軽く甘味のきいたジュース(40円)を飲みました。

飲み終えると、店のおっちゃんがココナッツをナタで半分に割ってくれます。

実の内側に3ミリくらいの白い果肉がついていて、

食べると、これもさわやかな味です。




この後、Mani君にトイレットペーパーの置いてある店を

あちこち探し回ってもらい、

ようやくGetしてからホテルへ戻りました。

そのわけはトイレの話になるので、また次回にまわします。

インドに到着、1日でカルチャーショック

Ray left Japan and first scene in INDIA was a stray dog and stray peaple and family.

First culture chock!!


新潟よサラバ


12月23日に雪の新潟を出発して、成田で前泊。

翌24日、成田空港を正午12時に飛び立ちました。


デリー空港午後10時着、乗り継ぎの飛行機が大幅に遅れて、

チェンナイ(旧マドラス)に着いたのは翌25日の午前6時、

インド時間では午前2時半になります。


インド初日のチェンナイ、ホテルのベッド

宿を予約しているわけではないので、真夜中の移動を避け、

チェンナイでの初日は空港内で仮眠。

朝8時にタクシーを予約してチェンナイ市内まで30分、日本円で約1,000円。

エグモア駅の近辺に安宿が多いとの、「地球の歩き方」の情報を信じて探したけど、

なかなか見つからない。

空き室そのものがない。やはり年末年始だからだろうか、

それでも何件めかでようやくGet。

1泊、1,800円、予算オーバーだけど仕方ない。

シングルルーム、水シャワー付、Wi-Fi利用で1日400円也を追加。

1泊950ルピー(日本円500円)の宿、Get

ホテルのレストランで遅い朝食をとって

さっそく旧市街のバザールへ。

旧市街のバザール

バザールは広すぎて、1枚の写真では紹介できません。

野菜、衣類、貴金属、雑貨、電化製品が集まるバザールを歩き回ること3時間。

野良犬さん


野良犬さんがそこいらじゅうに普通に寝そべっていて、


野良人間さん、その1


野良人間さんも普通に寝そべっています。



野良人間さん、その2


究極の野良人間さんは、布袋にくるまって顔と手の指の一部がちらりとしか見えません。

日本だったら死体の遺棄事件だぞ!! と息巻いても、

こちらではだれも気に留める様子もなく、通り過ぎていきます

だって本当に多いんです。

何家族もの野良の集団が歩道で寝そべっているんです。

そう、おっとーとおっかーが幼子をはさんで川の字で寝てました。

野良家族さん

初日からカルチャーショック、

トイレもびっくりしたけど、それは次回に。

これからRay次郎の放浪記はどうなるんでしょう??

毎日、日帰り温泉気分

Ray practice almost every day at sports gym and enjoy spa.

ホリデイ1

ホリデイスポーツクラブでほぼ毎日汗をかいている。



ホリデイ2


まずはマシンで筋トレを30分から40分。




ホリデイ3

TVを観ながら時速5Kmで1時間のウオーキング。




ホリデイ露店風呂


最後の仕上げは、露天風呂。

運動する時間が取れない時でも、風呂だけは入りに行く。

これも当分おあずけになる。

インドでは水シャワーか、良くてホットシャワー、

お風呂など望むべくもない。

トホホ、と言うしかない。



テニスは当分おあずけになりました

My tennis club menber took place farewell party for me.

href="http://raysairogan.blog.fc2.com/img/20141220150217abc.jpg/" target="_blank">マリン1

マリンブルーテニススクールでテニスを始めてから25年になる。

仕事のストレスで後頭部に五円ハゲができたのが、

きっかけでゴルフからテニスに転向した。



マリンメンバー

クラスのメンバーは5名

新婚ホヤホヤのHAさん、IT企業でソフト開発をしている。

強烈なスピンストロークはほかの4人とはレベルが違う。



エイジレスのKさん、機械設計のエンジニアからのリタイヤ組。

本当に「エイジレス」という名前の還暦過ぎだけの

野球チームに所属している。

しかも全国大会で上位入賞する実力のチーム

Kさんは野球、テニス、カラオケ、ダンスと、会社勤めのときより忙しくしている。


小学校のおなご先生、HIさん

わが娘NAWWOの卒業した桜ヶ丘小学校に勤務

ほかのメンバーを優しくあつかってくれるし

話題が豊富なのでレッスンの休憩時間も

楽しませてくれる。


地元銀行にお勤めのSEさん

ものごしが柔らかくソフト、テニスのボールもやわらかく返す

銀行内でのお客様への対応は、

かくあろう、と想像できる。


マリン忘年会


12月20日

マリンのメンバーで忘年会+慰留会+壮行会を開いた。

慰留したのは3週間前にスクールを脱会し、

クラスに来なくなった現役歯科開業医のITさん。

まんまとわれわれの慰留作戦にはまって、

来週からまたレッスンに加わることになった。

このクラスにITさんがいないと、まとまりがつかないのだ。

戻ってくれて、みんな胸をなでおろしている。


壮行会はRay次郎のインド行のため。

お気遣い、ありがとうございます。

メンバーのなかには、メキシコで1年働いた、

ヨーロッパを3週間バックパッカー旅行した、

オーストラリアに短期の語学留学したとか

いろいろな海外経験者がいる。



それやこれやで話題はいろいろ飛び火したが、

最高だったのは、ワハハ本舗の公演に行ったときの話。

観客全員が配られたブラジャーを頭にかぶって踊り、

こんなに楽しく笑ったことはなかったという。



この観客になったのはメンバーのだれとは言いませんが、

頭にブラジャーをかぶって、たのしそうに踊る雰囲気をもっているのは、

この人しかいないじゃないかな。

3本、いっぺんに抜きました

Ray's 3 teeth were pulled out.

Because they will explode in INDIA unless that.

歯周病があちこち進んで、その治療のために

日本歯科大にもう2年以上通っている。

歯科大


担当医師は30代のかわいい女医さんのK先生

彼女の上に40代の男性指導医師がいる。

K先生が

「Rayさんは当分治療に来れないのです。」

とBoss先生に事情を説明

するとBoss、のたまわく、

「Rayさん、今グラグラしている歯、3本は爆弾です

インドで爆発すると大変なので、この際、全部抜いちゃいましょう。」


X線写真


というわけで12月18日にK先生さんから

いっぺんに3本抜いてもらった。

Boss先生に「お前なら30分でやれる」、と言われたK先生だったが、

1時間かかってしまった。

その間、何本麻酔注射を打たれたことか。

痛ツ、痛ツ、痛~い!!

という顛末があり、最後にK先生から

「お持ち帰りしますか」と言われたが、お断りして写真だけ撮らせてもらった。

国内で不発弾処理してもらったのが、これです。


まことにグロテスクですみません。

抜歯3本

亀田駅長とベア君からのプレゼント

Ray's town satation master held a send-off party for Ray.

Blog name Bear gave Ray hand towel and give him a warm message .

9月と11月に亀田駅からJR主催の「駅からハイク」のガイドをさせてもらった。

亀田のS駅長はまち起こしの先達で、地域に溶け込む天才だ。

人柄に惚れてすっかりファンになったが、

前回の駅からハイクの反省会でインド行きをもらしたら、

1か月後の12月16日にRay次郎のためにインド行きの壮行会を開いてくれた。

ありがとうございます。

乾杯のジョッキを挙げてくれたのはその時のガイドの面々。


駅からハイク壮行会

参加してくれたまち歩き講師・ベア君から乾杯の後に

サプライズでプレゼントをもらった。

アウトドア専門店で買った速乾・抗菌・防臭のカラビナ付の携帯タオルだった。

インドで使ってくださいと、その時言われたが、

帰宅してから読んだメッセージにジワ~と

口がへのへの字になってしまった。

ベア君はRay次郎の半分も生きていないのに、なんちゅうこっちゃ、

こちらこそベア君のおかげで来年からもガンバッていけそうです。

素直にありがとう。

ベア君にも “Good Luck !!”

ありがとう、ベア君



あんでこ忘年会

Members of Town warking held a year-end party.

アンデコ忘年会

12月のあんでこはドカ雪のため予定した新津まち歩きは中止、

亀田駅前の「粋や」での忘年会だけの開催となった。

まずは1,500円の晩酌セットで乾杯!!

2時間の歓談のあと2次会はラーメン屋で、ビールをもう1杯。

衆議院選挙のTV速報をみながら政治談議が盛り上がり、

大勢が見えたところでおやすみ解散。

帰り道

Ray次郎は亀田公園のそばをとおっておとなしく自宅へ帰りました。


真打登場、N-chan のパッチワーク作品

Ray's wife has worked as quilt teather for 20 years.

These are her works.

クリスマスツリー

わが家の真打ち、N-chan 

**************************
孫のSOTAには名前に「ちゃん」を付けて呼ばせることになっている、
決して「N子ばーちゃん」とか「ばーば」とか呼んではいけない。
**************************

N-chanは30年以上パッチワークを趣味にしてきた。

上の写真はわが家の玄関を入った正面、シューズボックスの上の壁に飾ってある小作品
右すみの松ボックリで作ったツリーもN-chan の作品

サンタの家

次の作品は玄関を入って左の教室に通じる廊下の壁に飾ってある作品
右側の作品には「' 92 December 」と刺繍してあるので22年前の作であることがわかる。

毎月のモチーフを決めて制作したこのサイズのパッチワーク作品は
12か月分、12枚そろっている。
12月のモチーフは「メリークリスマス」。

左のサンタの家は作品の大きさからいえば中くらい
大きい作品になると床まで届く大きさになる。

それくらいになると制作には半年~1年くらいかかる。

パッチワーク教室

ふとした縁で先生としてエコープラザ(新潟市の施設)でパッチワーク講座を始めた。
その講座終了後は生徒に乞われて自宅で教室を開いた。

この家に引っ越して、教室が広くなり、ピークには30人以上生徒がいたようだが、
最近は生徒数をずっと減らして、4~5人、月に2回教室を開くだけになった。

ところが変わったり、生徒数の増減はあったが20年以上先生をしてきたことになる。
永いあいだ、お疲れさまでした。

Cody's English Class at NHK Culture Center

Ray's English class.

Teacher's name is Cody from California.

Frank and cheerful guy.

Teaching material

NHK文化センター新潟教室では250もの講座が開設されている。

その中で、英会話講座に申し込んで、英会話を楽しんでいる。

講師は Cody John Strode from LA 。

つい最近日本人女性と結婚したばかりの25歳の、典型的なアメリカ人だ。

つまり、Cheerful 、frank 、always smiling なのだ。

しかも英会話初心者の間違いには寛容で、うまくフォローしてくれる。

最終の講座には出席できないため、

本日、Cody とクラスメートにお別れを言わせてもらった。

Cody には来年日本に戻ったとき同じ英会話講座が開設されていたら

また喜んで受講すると約束した。

クラスメートのみなさんにも感謝します。

積極的に会話しようとする雰囲気は楽しかったです。

これからも引き続き英会話を楽しんでください。


Codys Class



インドへの、本の持込みは無制限

Ray think to bring many books into INDIA.

Kindle will be helpful as well.


書籍

インドへの持込み本に制限はない。

Kindleのなかにはすでに80冊の書籍が入っている。

おかたい類ではインドの古代史と近代史、日本の昭和史、池上彰本など。

小説は作家で選んだ松本清張、山本周五郎、藤沢周平、有吉佐和子
小川洋子、石田衣良、池井戸潤、横山秀夫、伊集院静、関川夏央、
新田次郎、城山三郎、角田光代、浅田次郎、

著作権が切れた無料本からは
夏目漱石、太宰治、坂口安吾、下村湖人、魯迅、
エドガー・アランポー

かわったところでは三遊亭円朝全集、文芸春秋

経営や経済に関する本は皆無、外国本も少ない。
そして節操がないほどバラバラだ。

もしひとりだけ作家を選べと言われたら、藤沢周平だろう。
60歳を迎えるころから、彼の小説は胸にストンと落ち、心が平安になる。

キンドルのほかには
写真右から「高橋の5年日記」、「漢字検定準1級 頻出度順 問題集」
「亀田の歴史 上下巻」、それに正露丸を持っていくつもりだ。

亀田の歴史は上巻を三分の二ほど読み終えている。
漢字検定問題集は今年の春から始めたが、
まだ四分の一ほどしか終わっていない。

「いったい何しにインドへ行くん?」
「1年たっても読みきらんじゃろ?」
と言いたい諸氏諸君、

時間がゆっくり流れ始めたときに、これだけあれば
[会社人間の垢] 落としに役立つと
Ray次郎は浅はかにも思いますのじゃ。

県立図書館

ここ、亀田郷の中心地、鳥屋野潟べりにある新潟県立図書館で
記事の校正をしている。

新潟市内にある市立図書館に比べて
開館時間が9時30分からで、30分早い。
駐車料金を取られないこともありがたい。

なにより受験生が少なく、雰囲気が落ち着いている。
蔵書はもちろん県下一豊富だ。

SOTAに雪だるまとミニかまくらのプレゼント

Nawo made a snow man and small shed for SOTA.

12月5日(土)例年より早く平野にドカ雪が降った。
裏手の田圃は雪景色。

冬景色




娘のNAWOO がさっそく孫のSOTAのために雪ダルマを作った。

雪ダルマ




さらに雪をかき集めてSOTAにミニかまくらもプレゼント

雪むろの中に傾斜があったため、
SOTA ズルリして、ヒョーオ。


カマクラ

「とんかつ石橋」のおかみさん

Ray visited kind of mother in Kyoto.

She is 89 years old,

Ray received a lot of favor from her when he was a universty student in Tokyo.

大学時代に多くの時間を過ごした場所がある。
「とんかつ石橋」だ。
ここで大学時代のクラブの仲間と時間割を作ってアルバイトをした。

クラブの名前は「名所古跡研究会」、略して「名古研」と呼んでいる。
昭和41年に設立され、昭和61年に創立20周年を迎えた。
その際、OBからの投稿を募って、「とこしえ」という記念誌が発刊された。

以下はRay次郎の1年先輩にあたる第6期・会津のケンコーさんが
寄稿した「ゆたか橋よ」という文章の一部である。

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都電の終点からすぐ先の神田川に、何の変哲もない橋がかかっている。
その名もいささか地味な「ゆたか橋」
十五年ほど昔の僕は、幾度この橋をわたり、かえってきたことだろう。
夕暮れどき、僕はよく橋の上で、ぼんやり手すりにもたれてたたずんでいたものだ。

(中略)

ゆたか橋を渡って、「ベトナムうどん」の先を左に折れると、
「とんかつ石橋」があった。

僕らの世代の名古研の仲間の多くが、ここにたむろし、青春を語り合い、
あるいは世話好きなおかみさんの有難いお説教を頂戴したものである。

Kenさん、Ganさん、Ray次郎君、それにO君など多くの仲間が、
ここで出前などのアルバイトをしていた関係で、
いつ行っても名古研の連中の誰かがおり、話相手に事欠かないうえ、
おかみさんの好意で、ただ食い、ただ飲み、ただ泊まりを随分とさせてもらった。

そのうえ、僕は卒業してからも、ずうずうしく石橋を
会津から上京した折の定宿にしていた。

僕にとって、あえて言うなら石橋は
「東京のふるさと」のようなものだった。

(後略)

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さて、その石橋のおかみさんは今89歳になり、
20年前から娘さんのチーちゃんといっしょに京都に住んでいる。

Ray次郎がおかみさんを訪ねた12月4日は、デーサービスに出かける日だった。

チーちゃんは朝、近頃とんと記憶があやしくなったおかみさんに
「今日は新潟の○○さんが来るからね。」と伝えると、
おかみさんは、「ああ、○○くんね」と「さん」づけから
昔から呼びなれていた「くん」づけに変えて応えてくれたという。

チーちゃんの話では、調子の悪い日には息子のマーちゃんも
わからなくなるおかみさんなのに、
即座に応えてびっくりしましたと、話してくれた。

チーちゃんの店「きっちん」で1時間ばかり待った後、
デーサービスの送迎車がおかみを連れて戻ってきた。

おかみさんの手を取って車から降ろすチーちゃんが
「○○さんが来てるよ。」というと
「ああ、○○くん、遠くからよく来てくれたね。」と笑顔。

やはり、きっちりと覚えていてくれた。

それから小一時間ほど家の中で、おかみさんと話した。
息子のマーちゃんの近況を同じ内容で4~5回、繰り返し聞かされた。


おかみさんに大学時代の先輩、後輩の名前を挙げて話しかけた。

すると、
「ああ、信州のKenからはお蕎麦を贈ってもらってね、、
せがれさんが食品会社につとめて、、、
Kenさんの目のほうは大丈夫かね、、、」

「九州のO君からよく電話をもらって、、、
そう、O君はもう仕事を辞めたの、、、」

「会津のケンコーさんはえらくなったね、、、、
この前来たときは顔を見せたと思ったらすぐ帰っちまって、、、」

とか、すこぶる記憶が良く、話す口調も昔のように
すこし江戸なまりで、なめらかだった。

今度いつ会えるかわからないが、元気で長生きしてほしい。

おかみさん



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Ray次郎

Author:Ray次郎
越後生まれのRay次郎。
リタイヤを機に
あれこれと始めた
後半人生の旅の記録

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