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朝の散歩 浜辺の風景

2月26日(木) コバーラムビーチの朝

泊まっているホテルは“ ORION ”

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すぐ右隣のレストラン、“ spoonbill ” 

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朝の散歩に出かけた。

右手に弓状のビーチが広がる。

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左手には灯台。

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昨晩、狸の仕立て屋さんから聞かされていた。

「Many Russian, NO English!!」、ロシア人ばっかりで英語なし!

本当にロシア人が多い。ロシア人のオンパレード。

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おじさんとおばさんしか居ないのかって?

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いますよ、1/3の体重で、スレンダーな露西亜のビューテイーが。お楽しみは、また後で。

お昼ころにならないと、浜辺に現れないのです。



犬も朝の散歩や、じゃれあいを楽しんでいます。

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ひもをくわえて、引っ張り合い。

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朝の漁に向かう舟。

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歩き始めて15分。レストランで海を見ながら、ベジオムレットとトースト、それにコーヒー。

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浜では海と綱引きをして楽しむ現地の人。

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ホテルへ向かう。朝には何もなかった浜辺にサンベッドがヅラリと並んでいた。

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誰が使っても良い。外国人観光客のために用意されている。

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ホテルに戻り、ため込んだ服と下着を洗濯した。

部屋にロープを張らなくとも、廊下が物干し場になっていて助かった。

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左に干してあるタオルは、隣の部屋に泊まっている若い二人の中国人女性のもの。

その左にはブラジャーとパンテイが干してある。

彼女らは洗濯物を取り込むと、午後にチェックアウトし、

それ以降この階の客はRay次郎だけになった。





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正露丸放浪記の秘密、それは逆遺伝

独り娘のNAWOが2007年8月に単独でバックパッカーの旅に出た。

当時27歳、独身。


大学卒業後、東京で雑貨の輸入卸の会社に就職して、バイヤーをしていた。

数年後、その会社をすっぱり退社し、中米メキシコを皮切りに、中南米、南米の

世界遺産を巡り、ブラジルからアフリカのモロッコへ渡り、

短期間ではあるが中央ヨーロッパ、イギリス、フランス?、東南アジア、香港?と旅して、

2008年の春に日本に帰り、数か月後に当時プー太郎をしていた従妹のS子と

今度は二人でインドへ旅をしたという、長い、長い旅だった。


Ray次郎のインド版「正露丸放浪記」の元祖は、

その時NAWOが長い旅の記録をつづったブログ、「キンカン放浪記」だ。

「キンカン」を「正露丸」に置き換えたというパクリが、我がブログのタイトルの謎明し。



NAWOが旅に出る前年、2006年の10月、東京に長期出張した折、

この旅の話をNAWOから「行きたいんだけど」と聞かされた。

「若い時にしか行けないし、結婚したらもちろん行けない」と神妙な顔をしていた。

すぐにはOKの即答は避けたが、本音はNAWOの人生にとってプラスはあっても

マイナスはないとの思いがあり、逆に背中を押してあげたかったくらいだ。



ここビーチでの過ごし方は観光があるでなし、雑踏の町歩きがあるでなし、

久しぶりにNAWOのブログを読みなおした。面白い。



我が娘ながら観察力は鋭く、

文章はRay次郎のようにだらだらと長くなく、ユーモアに満ちて、簡潔だ。

旅の途中で出会った若者同士のふれあいは、まったく屈託がなくて楽しい。



忘れていたが、「キンカン放浪記」の中で、「チャランチャッチヤ」と書き始め、

「世界の車窓から」のテーマソングを流した記事を見つけた。

思考回路が同じだった。

Ray次郎は逆遺伝されて書かされていたというわけだ。



NAWOが周ったのはほとんどスペイン語とポルトガル語の国ばかりなので、

英語がほとんど通じない。そして金もない。

今思えば、心細い旅ではなかったか?

しかも旅のはじめのころにデング熱にかかって1週間も寝込んだ。

Noriちゃんは心配して体重が落ちた。



NAWOに比べればRay次郎の放浪旅は、毎晩ビールは呑むは、タクシーに乗るは、

Wi-Fiと温水シャワーがなければホテルには泊まらないは、

外人向けのレストランで高い料理をたべるは、まったくの贅沢三昧だと思う。

それもこれも40年間のお勤めのささやかなプレゼントだと思って、許してもらおう。



もう少し旅を続けさせてください。


ここ、廊下のデッキから聞こえる潮騒と、遠くに見える漁火のせいだろうか、

いつもと違い少し感傷的になったRay次郎でした。



P.S NAWO様

いろいろばらしてゴメン。怒らないでSOTAのビデオ、頼むね。

思い込みはいけません、車掌さんから教えられ

2月25日(水) カーニャクマリからコバーラムビーチへ

午後2時のテイルバンドラム行きのバスに乗った。

ここで訂正。昨日周さんが向かった先もテイルバンドラムだったが、

その時の記事で「500キロ北上した75万人都市」と紹介してしまった。

ガイドブックによればテイルバンドラムまではバスで2時間とある。

距離にすれば100キロくらいのものだろう。

今日の目的地、コバーラムビーチはそのテイルバンドラムへ行く手前にあり、

同じくガイドブックによればテイルバンドラムからバスで30分とあった。

逆算すれば1時間半でビーチに着くはずだ。つまり3時半が到着予定時間。


バスに乗り一番前の二人席に座ったら、

車掌さんに「Lady only」、後ろの二人席に移り、リュックを置き二人席を占有したら、

リュックは座席の下にいれるか、抱くかして隣の席を空けろとジェスチャーされた。

気難しいおっちゃんやなと思いながら、キップを買う時は「コバーラムビーチ」と

言ったので、この手の人はちゃんと覚えてくれるはず。まず第一の思い込み。

停まったバス停で乗り込んできたキューリ売りからキューリを買い、

余裕でキンドルを読みながらバスに揺られた。

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Ray次郎の3つくらい前の席に若い外人男性が二人、

彼らも「コバーラムビーチ」と言ってキップを買ったので、目的地は同じだ。


午後3時、いっこうにビーチに着かない。午後3時半、午後4時、まだ着かない。

午後5時、バスは大きな町に入った。これはもうビーチを通り越して、

テイルバンドラムに着いたのだと思った。こんな大きな町はここしかない。

しょうがない、ここからビーチに戻ろう。

車掌がコバーラムビーチをこの先のビーチと聞き間違えていたんだろう。

これが第二の思い込み。

外人二人もそう思ったのだろう、

テイルバンドラムのバススタンドに着いたので、降りようとしていた。

Ray次郎も降りようとリュックをかついだら、車掌が来て「Hold on」

外人にも同じ言葉をかけた。まあ、いいっか、どこのビーチでも連れてけ。

これが第三の思い込み。

でも、もう一度車掌に「コバーラムビーチはまだですか?」と聞くと

「あと30分」と言われた。わけ分からん。

ガイドブックに「コバーラムへのバスの終点はホテル・リーラのゲート前」とある。

きっちり30分してバスはホテル・リーラのゲート前に停まった。

つまり、テイルバンドラムまで行ってから戻るかたちでビーチに着くバスだったのだ。

思い込みはいけないと気難しい車掌さんから教えられた。外人二人もここで降りた。



そこからトクトクに乗って海岸べりにあるホテルの集積地へ向かう。午後5時半。

ホテルはすぐ見つかった。1泊1,000ルピーでWi-Fi無料、温水シャワー常時OK。

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海に面した3階の部屋、部屋の前の廊下にテーブルとイスが置いてあり、

眺めはすこぶる良い。シャワーを浴びて、

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すぐ隣のレストランへ行く、午後7時。

この店で日本人、ヒロコさんに会う。今夜はほかの用事もあるから、

詳しい話はまた明日。期待しててねっ、、と。

2/25 カーニャクマリも今日で最後

2月25日(水) カーニャクマリ 朝8時半

ビバーカナンダ岩のある島にフェリーで渡る。

チケット売り場前で並ぶこと30分。フェリーに乗ってから30分待たされた。

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フェリーへ向かう船着き場から漁師たちの船が見えた。

昨晩、漁火に見えた船たちか。

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テイルバルバル像を横から眺める。

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ビバーカナンダが瞑想した岩がこの記念堂の中にあり、彼の立像が祀られている。

この記念堂へは乗客全員が詣でるのに、フェリーが着いた場所にまたチケット売り場があった。

フェリーのチケットとセットにすれば、また並ばなくとも済むのに、合理的でない。

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ビバーカナンダ(土産品売り場の写真から)

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像の真後ろ、陸地側には昨日登った灯台が見える。

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記念堂からみ見たカーニャクマリの町。

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30分もしないうちに帰りのフェリーに乗る。

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ホテルに戻ったのは10時。荷物をまとめてチェックアウトした。

レストランでブログのアップ作業をして、

午後1時半にトクトクに乗ってバススタンドへ行った。



長い1日、その⑥ 花神輿とワンマンダンスでフィナーレ

午後9時半、BARのドアを出たら大音声の音楽が聞こえてきた。

部屋にパソコンと財布を置き、カメラだけ持ってさっそく音のする方へ。

さあ、長い1日のフィナーレを飾る花神輿とワンマンダンスショーの開幕です。

64枚の写真で一挙公開、音楽が聞こえ、ダンサーの躍動を感じるまでご堪能ください。



ホテルの裏手通りにある小さな寺院の前で

若者たちが同じジャージを着て太鼓を叩いていた。

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寺院の門前へ行く。祠の前で花神輿が見えた。

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ここではトランペットのような笛を吹く奏者が加わっている。

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上半身裸の太鼓叩きも。

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花神輿を担いで踊る。踊ると言っても、

リズムに合わせてゆらゆらと揺らしながら回り、たまに片足を上げたりしている。

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相当重いのだろう、2分もすると次の担ぎ手にバトンタッチする。

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バランスをとるのも難しそうだ。

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寺院の低い壁に腰掛けて見物している兄妹。

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男の子が左手に腕時計をしているところを見ると、かなり裕福な家庭の子たちなのだろう。

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壁越しから見物する人たち。

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パフォーマーの一団が寺院を出た。

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一団は海岸寺院に向かっている。

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突当りは寺院の入口、当然開いてはいない。

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ここでも延々と花神輿の担ぎ手と奏者がパフォーマンス。

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演奏者の一人から名刺を渡された。Ray次郎がもらっても使いようがない。

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花神輿が低くなり、

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担ぎ手が子供に変わった。もちろん両サイドから、大人が4、5人がかりで神輿を支えている。

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次々と子供たちが担ぎ、親たちは嬉しそうに見守り、写真を撮っていた。

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海岸寺院の前でのパフォーマンスが終わり、もと来た道に戻り始めたので、

あの立像と岩の見える所まで行ってみた。

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沖合遠くに漁火が見えた。

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寺院の前に戻ると、さっきまで人でむせかえるようだった場所に、

野宿のおばちゃんが寝ていた。さっきまではどこで寝てたんだろ?

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通りを戻る一団。

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一団を通り越して先に行ってみた。

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子供たちが太鼓と笛のリズムに合わせて踊っていた。

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中でもこの白シャツのおじさんが目立つ。

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踊りの動きは早いし、しょっちゅうジャンプするので周りの人もびっくりして見ている。

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白シャツさんのワンマンショーはいつまでも終わりそうにないので、

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もうホテルに帰ろう。

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店の灯りの先、一番奥の暗くなった突当りが海岸寺院。

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ホテルの部屋に戻ったのは11時。

2月24日(火) 長い1日の最終章が終わった。午前2時に起きてから21時間経っていた。




このブログ記事を書き上げて、これからアップする今は27日(金)、午後1時。

3日もかけて1日分の作業を終える。

なかなかブログの記事が現在時刻に追いついてくれない。

長い1日、その⑤メガネ取られて、チューされた

2月24日(火) カーニャクマリ 夜

ホテルに戻りすぐシャワーを浴び、地下のBARへ行く。

いつもは6時過ぎに夕食を取っていたが、

今日はわははのおばちゃんのおかげで遅くなったしまった。

ルームサービスでビールが来るのを待ちきれなかったで、直行、BAR。

でっ、またすぐこうなった。

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彼は電気屋さんの店員、妻子あり26歳。

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右下は独身の美容師さん、24歳。立っているのはBARのボーイさん。

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この時2本目のビールを注文していたので、30分は経過していた。

美容師さん陽気上戸か、かなりご機嫌になってきた。

Ray次郎のメガネは彼に取られっぱなし。

チェンナイにインド人の友達がいると、マニ君に電話して、

タミル語で彼らだけの会話。



二人はほとんどタミル語でしゃべり、たまに分かる英語が片言まじるだけ。

後ろにいるボーイさんが間に入って訳してくれた。

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お前、いい奴だな、言っているらしく、肩を組んで強制撮影。

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Ray次郎のタバコを喫い、メガネをはね上げて得意のポーズまでしちゃって。

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9時半になっていた。

この後どうなったと思います?

分かれ際に美容師さん、ヒゲ面の顔を近づけてRay次郎のほっぺにチュー。

ああ、今度は妄想であってほしかったが、あのジョリジョリ感は現実だった。


長い1日もこれでようやく終わるかと思いながら、彼らと別れBARを出た。



長い1日、その④わははのおばちゃん

午後4時半、王宮から出て近くの店でライムソーダを飲む。

店のおばちゃんと隣の土産物屋のおっちゃん。

「あんたどこから来たの?」、「日本」

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「その時計は日本製かい?」、「これ、インドで買った、800ルピー」

「わはっは、日本製のほうがいいのにね。メイドインインドかい!」

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「あんたの顔はインド人に見えないけど、スペインか、どっかの生まれ?」

「俺はインド人!カシュミールの生まれ。それよりお前のそのヒジ、どうしたの?」

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水が溜まったので、チェンナイのアポロ病院で全身麻酔して手術を受けた経緯を話す。

「へええ、アポロ病院。いくらかかったの?」、「55,000ルピー」

「ひええええ、それでお前給料いくらもらってんの?」、「え~っと、▲▲▲,000ルピー」

「ほへええ、▲▲▲,000ルピー!! たまげた」



「あんた、あたいを日本へ連れてかない?」、「いいよ、いいよ」

「でもあたいはパスポート持ってないからねえ、わあっはっはっ!」

「そんなのすぐ取れるぞ、1週間もあればOK」とおっちゃんが口をはさむ。

「大丈夫、大丈夫、俺のスーツケースに入れて、カウンターに預ければ、

No Passport, No Tax, Custom Clear、

Go straight to JAPAN only for 10 hours!」

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「わああ、はっは、あたいよりこの娘のほうがいいよ。あたいより軽いからね。

働きもんだし、Good at night life !(夜のほうも上手だから)、

子供が4人もできちゃった」

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「でも旦那さんが困るでしょ」、「Okay,Okay I 'l l take care of him」



近くの店の娘も出てきて、なにか現地語で聞いている。

わははのおばちゃんとスペイン人は英語がうまいが、ほかの二人は話せないようだ。

会話の中にジャパンとかパスポートとか聞こえるので、内容はそのことだと理解できた。

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「あんたら二人、英語うまいね」、「俺、大学出てるからね」

「わあはっは、それならあたいも出てるよ」 英語も上手いが、かけあいも上手い。

吉本企業にスカウトしたいくらいだ。



「あんた、この娘らにジュースおごりなよ」、「おけさ、おけさ」

「じゃーあ、あたいはファンタっと」、、、、、あんたも飲むのかよ。

「俺はコーラにしよっ」、、、、、お前は入ってない!



タバコに火をつけると、「You smoke?」、「ああ、お前も喫うかい?」

スペイン人、差し出されたパックから1本抜いたが、すぐ返した。

「カミさんに見つかると殺される」

横から手が出てきて、わははのおばさんが2本抜いた。



「これからどこへ帰るんだい?」、「トクトクでバススタンドへ、そこからカーニャクマリ」

「トクトクにいくら取られた?」、「40ルピー」、納得した料金を言うと、

「わはっは、あんたそれ20ルピーだよ」、、、、やっぱりそうか。



「どうだい、奥さんにお土産でインドの服は?」、「奥さんとケンカ中だから要らない」

「わはっは、どっちが悪いんだい?あんたに女ができたんだろ」

、、、そんなんじゃないっつ~の。



そろそろ潮時かと思って時計を見ると5時半。1時間も油を売っていた。

帰りは歩いてバススタンドへ。そしてバスに乗り、ホテルに着いたのは午後8時。

正午にホテルを出たから、長い1日の8時間が終わった。


長い1日、その③ 中国建築の王宮

2月23日(火) タッカレー

バスから降りて気が付いた。しまった!帽子を座席に置いたままだ。

ジューススタンドで柑橘ジュースを飲み、隣にあった靴屋でナイキの偽帽子を買う。80ルピー。

トクトクと交渉して40ルピーで王宮まで走った。10分かかったからそんなものだろうと納得。



17世紀、時の領主によって建てられた木造建築の王宮。

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中に入るとすぐガイドさんが近寄ってきて、英語で解説してくれる。

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最初は謁見の間。

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次は1,000人の人が一同に会食する食堂。

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長い1日のうちの王宮見学は1時間半。とにかく広い王宮。

この日は本当に長かったので、解説はなしで雰囲気だけ伝えてお終いにします。

登場する人物はその部屋云々で説明してくれたガイドの方々です。

手抜きしてすみません。

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午後4時半、王宮をあとにした。

長い1日、その④、⑤、⑥に続く。





長い1日、その②周さんと喜藤さん

2月24日(火) カーニャクマリ

正午。

ホテルを出てチカちゃん、ナオちゃんと歩いて行ったバススタンドへ、トクトクで向かう。

今日は34キロ離れたタッカレーにある王宮を訪ねるつもりだ。

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インドの子供を撮る外人女性。

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バスはいったんまた町に戻った。町中のバス停で東洋人らしいおじさんがバスに声をかける。

「トリバンドラム、OK?」 

ここから500キロほど北上したところにある75万人の都市へ行くつもりらしい。

運転手さん「OK、OK」 

この東洋人(日本人には見えなかった)はRay次郎を見つけると、隣の席に座った。

「どちらまでですか?」 「今日は37キロ離れた王宮まで」

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中国人だった。(パソコンで世話になった設計室のT君によく似ている)

名前は周さん。(ガイドブックに名前を書いてもらったが、漢字が出ないので周の字)

北京からシンガポール経由でムンバイに入り、南に下がりながら

カーニャクマリまで来た。ここまで約1週間。これから北上しチェンナイまでさらに1週間の旅。

Ray次郎と三角形の二辺を逆コースで回っている。

かなり強行なスケジュールだと思うが、ポイントを絞れば十分回れる。



中国の運輸省みたいな政府機関で働き、60歳でリタイヤ。今、70歳で独り旅を楽しんでいる。

お互いの年金の話や家族、仕事の話をした。彼の英語はクセがなくて分かりやすい。



Ray次郎より5歳年上ということは、文化大革命のころはおそらく大学生だったはずだ。

多くの知識人が暴力による粛清を受け、西洋思想はことごとく唾棄された時代。

彼はその時どうしていたんだろう?その事をたずねるには英語の語彙が足りないし、

そもそも旅の途中で触れるべき話題ではない。




車掌にここだとうながされて降ろされた。トリバンドラムまで行くには、

このバススタンドで乗り換えが必要らしい。

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今度はインド人電気技師の喜藤さんが座った。(もう、名前は聞いたときのアドリブ)


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仕事でこれからタッカレーへ向かう。息子さんは仕事につき、娘さんは大学生。

インドの印象とか聞かれたが、無難な答えしか言えないし、難しい単語は知らない。

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女子校生がいっぱい乗り込んできてすし詰め状態。

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喜藤さん、女子高生のリュックを取り上げて、自分の膝へ置いてあげる。、、、優しいんだ。

Ray次郎の膝にもつみあがった。

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午後2時30分、タッカレーのバススタンドに到着した。

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長い1日の午後の2時間半分が終わった。


長い1日、その①伊之助

2月24日(火) カーニャクマリ

12月24日にチェンナイに入ってインドの旅が始まった。あれからちょうど2か月が過ぎた。

朝2時に蚊にやられて目が覚めた。寝てからまだ3時間、しかたなく起きだして本を読む。

彫師伊之助捕物覚「ささやく河」、薬丸岳「闇の底」 どちらも途中まで読んで、

朝6時にもう一度寝付いた。朝9時朝食をとりながらブログのアップで3時間。

長い1日の最初の8時間が経過した。



「オロナイン放浪記」へタイトル変更、ただし期間限定です

2月23日(月) カーニャクマリ 

チカちゃん、ナオちゃんとサンライズショーを見に海岸へ。

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陽が昇るきるまでは、黙ってカメラを撮ったり、瞑想するように手を合わせたりしていた二人だが、

すっかり陽が上がり明るくなると、ナオちゃんが歌いだした。チカちゃんがそれにあわせて踊りだす。

大阪の掛け合い漫才のように気があっていて、ふたりで歌い続ける。

チカちゃんは手をあげたり、振り回したり、通りかかるインド人も足をとめて、笑顔で見ている。





ナオちゃんが、これしてみたいわあ、と祠の中に入る。

小さい祠の中央に神が祀られ、僧侶が信者からお布施を受けると、

眉間に白と赤の顔料で信者の印を書いてくれる。

チカ信者と、

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Ray次郎信者。

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二人は朝のバスでテイルバンドラムへ向かう。

そこでヨガ教室に4日間入り、次の目的地はバラナシ。ガンジス川のインド最大の沐浴場だ。

日本へ帰るのは3月7日。2月末まではヨガ教室。

それからざっと直線距離で2,000キロ離れたバラナシへ行く。おそらくデリー経由になるだろう。

彼女らはガイドブックもインド地図も持っていない。

スマホと現地に会った人からの情報が唯一のたよりだ。Ray次郎にはとてもできない芸当だ。

ともかく残りのインドの旅を楽しんでください。二人とはここで別れた。



ホテルから歩いて2分、通りの角の売店。

いつも同じお兄ちゃんからバナナ3本買って、ホテルに帰る。

スクランブルエッグ、トースト1枚、パイナップルジュース、コーヒーをたのみ、

バナナ3本をたして、レストランで朝食。

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部屋に戻り歯磨きをすますと、すこし腹痛。トイレにはいったが、ウンチはゆるかった。

それから午前中に4回もトイレに行った。お尻がヒリヒリするのでオロナインを塗る。

腹痛はすぐおさまったので正露丸のお世話にはならなかったが、

オロナインに助けられた。なので、ここカーニャクマリをでるまでは「オロナイン放浪記」

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午後4時、ホテルへ出て灯台へ向かう。昨日は閉館の5時を過ぎていたので入れなかった。

受付で、「トップルーフにはいけません。途中の展望室で写真を撮ってください」

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階段をのぼり展望室へ。

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窓ははめ殺しになってなく、写真がきれいに撮れる。左手に見える風景。

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広大な敷地にオレンジ色の屋根をした建物。なんだろう?

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右手は昨日サンセットショーを楽しんだ海岸線。

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帰りにオレンジ色の建物前まで行ってみた。

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「GOVT. GUEST HOUSE」 政府の迎賓館みたいなものだった。

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灯台近くの高台には、国家公務員保養所とかどこそこ会社の家とかあって、

日本でいえば軽井沢か那須高原かという趣だった。

今日の散歩は1時間半で終わった。

チカちゃん、ナオちゃん、めっちゃ明るい

2月22日(日) カーニャクマリ 午後

午後3時、ぶらぶら町歩きを始める。通りの向かいのパーラー、ドアはなくてオープン席。

店の中に日本人女性二人??

韓国人とは違う明らかに日本人顔。間違いなしと踏んで、通りを渡り店の中へ。

「こんにちわ」と、きれいな日本語で呼びかけた。

この界隈では同じ「こんにちわ」でも、アクセントが違うと、土産物屋の呼び込みか、

トクトクの運ちゃんに間違えられる。

「日本人と会うのん、はじめてや!」、「めっちゃ、ビックリ!!」

こちら関西の大学を卒業する予定の女子大生二人。チカちゃんとナオちゃん。

卒業旅行で、ミャンマーとインドをまわっている。ここでもいろいろ話をしたが、

Wi-Fiがつながらなくて困っているというので、Ray次郎のホテルのレストランへ移動。

ミャンマーで知り合った若い高僧からのメールをチェックしたり、次の宿をネットで調べていた。

もちろん、見せましたよ、SOTAのビデオと正露丸放浪記。

「めっちゃ、可愛い!!」、「めっちゃ、おもろい!」と、反応はめっちゃ、いい。

午後5時少し前、明日移動するテイルバンドラムのバスの時刻を確認するために

一緒にバススタンドへ向かう。その手前には灯台があり、バススタンドのさらに先には

夕陽が沈むビューポイントがある。

灯台は5時にクローズしており、ここはパス。バススタンドへ寄ってから、

海岸べりの通りへ降りて歩く。先を歩くRay次郎の後ろから、ナオちゃんが歌いだすと、

チカちゃんもいっしょに歌いだし、少しハモりながら、めっちゃ、にぎやか。

ビューポイントに着いて、見晴台(教会の小さな塔?)に上った。

お待たせしました。それではご登場願いましょう。

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右がチカちゃん。この春から東京の小さなIT企業に就職が決まっている。

左がナオちゃん、うちのNAWOとは漢字が違うが同じ名前。

不動産デベロッパーに就職が決まっているが、配属先と勤務先はまだ決まっていない。


二人とも明るくて、

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近くにいたインド青年のグループにシャッターボタンを頼んだら、

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今度は青年たちに囲まれて、次から次へと一緒に写真を撮られた。

「有名人でもないのに、こんなに写真撮られるの初めてや」

彼らは7人グループで、ムンバイのIT企業に勤める同僚たちだった。

1,500キロを車1台に乗って走ってきた。今日これから帰る。

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サンセットシーンをじっくり楽しんで、

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ホテルへ向かう、午後6時半。

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彼女らは450ルピーの安宿。二人で泊まれば一人250ルピー。それでも温水が出る。

探せばあるもんだ。Ray次郎のホテルバーで食事をする約束をして、いったん別れた。



約束の午後8時、二人がホテルにやって来た。地下のバーに入る。

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「うちら分からへんから、全部Rayさんにおまかせします」

チキンと野菜のミックス焼きそば、エビのから揚げソースづけ、それに野菜スープ。

キューリと人参と落花生はビールのつまみで付いてきたが、

「おいしい、おいしい」と言って、キューリのお代わりを2回も頼む。

彼女らはアルコールは飲めないのでミネラルウオーター。


午後9時過ぎ、食事を終えてホテルへ送る。

別れ際に、ふたりから、「今夜はごちそうさまでした」の言葉、

そして、Ray次郎は二人に左右からはさまれ、両頬に「チューッ!」







これ、これ、そこの男性読者、開けたあんぐり口閉めて、

ガーヒラさんはよだれを拭いて、、、、

最後のシーンはインドに来たRay次郎の瞑想、、、、、いや、妄想ですから安心してください。

朝陽が昇るショー、観客席は人だかり

2月21日(土) カーニャクマリ 早朝

朝6時にホテルを出て、海岸へ向かう。暗い通りを大勢の人が同じ方向に向かって歩く。

朝陽が昇るショーを見ようと、観客席は人で埋まっていた。

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テルバルバル像が、朝の光を受けた薄オレンジ色の空に浮かび上がっていた。

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岸辺では商売に精出す写真屋さん。

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遠くの岩までのぼり着いて朝陽を待つ人。

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いよいよショーの始まりだ。6時40分。歓声があがり、口笛も。

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帰りの通りは明治神宮の初詣のように、人、人、人。

人にもまれて帰りました。

2/21 太陽が海から昇り、海に沈む

2月21日(土) カーニャクマリ

インド亜大陸の最南端の町、太陽が海から昇り、海へ沈む町。

ベンガル湾、インド洋、アラビア海の3つの海がここでひとつに交わる。


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沖合に立つ、高さ40.5mのテルバルバル像。

神かと思ったが、テルバルバルは5~6世紀に詩集「テイルックラル」を著した人物。

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左となりの島はビバーカナンダ岩だ。

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1892年、宗教家ビバーカナンダは泳いで海を渡り、

この岩の上で3日間にわたり瞑想を行った。

今は岩の上に記念堂が建てられ、彼の像が祀られている。

ガイドブックの「南インドを旅して出会う聖者」という欄に写真とともに紹介されていた。

ああ、この顔写真はいままでたどってきた町々で、何回も見たことがある。




今日は土曜日なので、小学校の児童が大勢来ていた。

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5ルピー均一のお土産屋さんで買い物をする女の子たち。真剣なまなざし。

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ほらほら、学校で決められたおこずかいは50ルピーだからね。

サングラスと腕輪で30ルピー使ったでしょ。あと20ルピーしか残ってないよ。


買い物がすんだらバスが待つ駐車場へ。

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こちらは駐車場から出てきた観光ツアーの大人たち。

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カーニャクマリは小さな町だが、ホテルが星の数ほどあり、

訪れる人がいかに多いかが分かる。南インドの一大観光地。


2/20  カーニャクマリでホテル探し

2月20日(金) カーニャクマリ 朝

「恐怖深夜便」で徹夜状態だが、ホテル探し。バスが停車した目の前のホテルに入る。

International(何にもない)のホテル、Wi-Fiも温水シャワーも何もないことが一目瞭然。

料金450ルピー。チェックインしてベッドに倒れこんだ。


さて、午後から本格的にホテル探し。10軒以上聞きまくって、分かった事。

①1,000ルピー以上でないと温水シャワーもWi-FIも望めない

②Wi-Fiがあっても、すべてロビーエリアに限定されている。

③温水シャワーの使用は朝4時間に限定するというホテルが多い

常時温水シャワー可で、Wi-Fi (ロビーのみ)有りの条件を満たすホテルを見つけた。

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ホテル メロデイーパーク 1泊 1,200ルピー。

このホテルはロビーの隣にレストランがあり、ここは電波が飛んでくる。

ブログのアップをする作業場が決まった。

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レストランとBARがあるので、ルームサービスも頼める。

こちらのホテルでも昼寝をした。今日は昼寝とブログのアップで一日が暮れた。

NHK 「恐怖深夜便」、放送は午前6時まで

2月19日(木) マドライ 夜

武藤君と別れてから今夜の夕食のために、キューリを買いに駅まで出た。

角の寺院から宗教の唄が流れ始めた。

その角を曲がると、

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この人のライブだった。右手と左手で太鼓をたたき、首をふって歌っている。

盲目の歌手、レイチャールズを彷彿とさせる雰囲気だった。



部屋でシャワーを浴び、キューリとチキンそれにビールでいつもの食事を終え、

9時に降りてホテルをチェックアウト。

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9時15分に迎えが来た。Ray次郎のリュックを抱えてバスに向かうアシスタント。

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バスの一番後ろの席を指差され座る。まだ5、6人しか座っていなかった。

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何か所かのホテルに停まり、乗客は満員。

ホテルの前でもないのにバスが停まった。そして全員降ろされた。


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はて?と思ったが、原因はパンクだった。

ガタゴト道はいつものことなので、気づかなかった。

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パンクの修理やさんの前で停まったということだった。

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30分ほどで手際よく修理が終わり、全員がバスに乗ったが、戻ると

Ray次郎の一番後ろの席はおじさんに占領されていた。

すでに他の席は満杯。空いていたのは運転手の隣の、進行方向に対し並行なベンチ。

仕方なくここに座った。

リライニングにはならないし、窓わくの2本のパイプに背をもたせるしかない。

なので、このアングルになる。

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後ろを向くとこのアングル。全員がリクライニングシートに納まっている。

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もう一人いました。運転手の真後ろのベンチ。ここもリクライニングなし。

同じ料金を払っているのに、これはひどい。5時間我慢できるかな。

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ホテルでピックアップする時間とパンク修理の時間で遅くなり、

バスはようやく高速道路に入った。午後11時30分。

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2時間走った、午前1時半。ガタゴト、ガタゴトと音が聞こえたかと思うと、

また、これだった。

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今度は荷物も降ろされ、運転手とアシスタントだけでジャッキアップ。

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今度はてこづっているようだ。高速道路の側壁にもたれて一服していると、

このおじいちゃんが話かけてきた。すごい訛りで、たまにわかる単語でしか理解できない。

弟が東京で働いたことがあることと、日本の技術はすばらしい、とか言っているらしい。

70歳くらいかと思ったが、歳を聞いたら60歳だった。

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高速道路の側壁では休めないので、中央分離帯に座りこむ人たち。

Ray次郎もあのじいさんを敬遠して、ここで座って待つ。

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デジカメの電池切れ、ここからは写真なし。

再出発したのは1時間後の2時半。旅行社の人に到着時間といわれた時間になっていた。

25人くらいの中型マイクロバス。デーゼルエンジンで力がない。

軽自動車に追い越されくらいだから、最高時速は60キロくらい。

大型のラグジャリーバスが追い越していくのを見て、

今度はバスの種類を確認してから予約しようと思った。

それにこのバスの運転手とアシスタントは1時間おきくらいにタバコを吸う。

運転手がハンドルを放して、マッチで火をつける時、

またあのガタゴトが始まったら、どうなるんだろう?と、恐怖。

運転手がその時ハンドルを切るのは対向車側ではなく、高速の側壁側になるはずだ。

Ray次郎が座っているベンチが一番危なくなりそう。



腰は痛くなるし、身体も硬直したようで固い。再々出発から3時間半、

午前6時にカーニャクマリのホテル街の真ん中に着いた。

深夜から始まった「恐怖深夜便」の放送がようやく終わった。


武藤君のほうが、役者が一枚も二枚も上でした

2月19日(木) マドライ 午後5時

ガンジー記念館から出ると、しつこい人力車(リキシャー)にまとわりつかれた。

トクトクが出始める前はこればかりで、今も東南アジアのどこかの国では移動の主役。

見逃した王宮でも見ようかと、リキシャー料金150ルピーで了解して乗った。

初めて乗ったが、後ろから観察すると、リキシャーの仕事はかなりつらい。

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ほとんど中腰でペダルを踏み、道路がガタガタのインドの通りでは

少しのへこみもハンドルを切って回避する。

サイドミラーは付いていないので、衝突回避は後ろから来る車にお任せだ。

前を歩く人には「のけて、のけて」と大声で知らせる。

後ろから来る自転車はスイスイとリキシャーを追い越していく。

サドルに腰掛けるのは下り坂のみ。

少しの上りも、この通り。

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リキシャーの運転手、こぎ出して15分もすると、汗だくだ。

長いスカートをまくしあげて、ショートに。額の汗を手ぬぐいで拭く。

少し可哀そうになって、サトウキビジュースを一緒に飲もうと、リキシャーを停めた。

名前を聞いた。「ムト$%*ウ▼¥#」、武藤君に決めた。

子供が3人いて30歳ということも分かった。



待て、待て武藤君。このサトウキビジュース、いつも飲んでいるのと色が違う。

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屋台の人は英語が分からないので、武藤君に聞いた。

「なんで色が違うの?」、武藤君、英語で説明できなかったのか、

屋台のおっさんに何か現地語で話した。

現物を見せてもらうのが一番。生姜入りのサトウキビジュースでした。

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少し辛みがきいたサトウキビジュースを飲んで一休み。


走り始めてしばらく行くと、武藤君、リキシャーを停め、

「ここはバナナの専門市場だから、ここから入ってぐるっと1周してきなさい。

僕はここで待ってるから。Waiting No Charge!」

なにやらガイド風になってきた。

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武藤君、「パレス、パレス」 どう見ても教会にしか見えないが、その奥に王宮があるのか?

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ここで降ろしてもらい、約束の150ルピーを100ルピー紙幣と50ルピー紙幣で払う。

武藤君「Waiting No Charge !」、とあくまで次の乗車をねらって粘るが、

最後は諦めて紙幣2枚を受け取った。

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教会に入り、奥に進む。学校があり、さらに行くと教会の事務所があったので、

「パレスはどこにありますか?」、「パレスはここを出て、左へ行き、

さらに右に曲がった先500mくらいのところにあります」

武藤君が言った「パレス、パレス」は何だったんだ?

教会を出たら、「Waiting No Charge 」の武藤君が待ちかまえていた。

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「 This is not the Palcae !」、「おけさ、おけさ Go to Palace 」、ガイドのつもりか? 

じゃあ、王宮までは当然No Charge。

リキシャーに乗り込んで王宮まで行く。王宮は6時30分からのオープンだった。

今は5時30分。武藤君、このオープン時間も知っていたんじゃないか?

「ここで歩いて帰る」、と言ったら、「ガイドもできるから、池へ行こう」と粘る。

ガイドブックに載っていたので知ってはいたが、行く気はなかった。

だが、武藤君に言われると、行ってみようかという気になったしまった。


30分走って、マーリーアンマン池に着いた。

中央にパビリオンがあり、周りを囲む池に水が満たされている。

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「この周囲を歩いてきなさい。僕はここで待ってるから」

ハイハイ、もう武藤君の言いなりだ。

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30分ほど歩いて戻る、6時30分。遅いので、このままリキシャーに乗ってホテルに帰ろう。

「王宮からここまで、そしてホテルまで行って、いくら?」、「あんたの言うチャージで良いよ」

「150ルピー」、少し安いかなとは思ったが、トクトクなら十分な金額だと思う。


だが人力車なのだ。同じ距離を走るにしても、その労働対価はトクトクよりはるかに高い。

浅草で2キロをタクシーに乗れば、ワンメーターの料金、

いなせなあんちゃんの人力車に乗れば、その数倍はするはずだ。



武藤君、不満なようだが納得して走り出す。またフーフー言いながらホテルに着いた。

武藤君、封筒を出して、「今日撮った写真をここに送ってほしい」

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「おけさ、おけさ」、とRay次郎。上下が逆転してる。

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100ルピー紙幣を2枚出して支払う。「さっき払った50ルピー紙幣でおつりちょうだい」

すると武藤君、今度は写真を取り出した。

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男先生の隣、3人並んでいるのが武藤君の子供たち。



武藤君、

物乞いのような仕草で右手をつまんで、なんども口元へもっていく。

泣き落としにかけようとする魂胆は見え見えだが、

サトウキビジュースをおごってやったときから、彼には勝負が見えていたようだ。

“この甘ちゃんは最後におれる”

その通りでした。

武藤君のほうが、役者が一枚も二枚も上でした。

インド独立の父、ガンジー記念館

2月19日(木) マドライ

インド独立の父、ガンジーの足跡を訪ねて、記念館を訪ねた。

BARに行ったり、町歩きばかりだけではないんですよ。

ちゃんとインドも勉強してます。

ガンジーは奥が深くて、逐一コメントできませんので、ほとんど写真だけ掲載します。

興味を喚起されましたら、ネットで調べていただくか、

昔読んだかもしれない伝記を、もう一度お読みください。

(ああ、手間はぶけて良かった)

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ガンジーが登場する以前の歴史も紹介されています。

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ガンジーが暗殺された日に着用していた服が

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血の汚れをそのままに残されています。

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入館者記録簿に記入。

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開館の4時にあわせて入館し、英語に苦労しながら1時間勉強させてもらいました。

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BARで加藤茶、志村けんと飲む

2月18日(水) マドライ 夕方

寺院を回る散歩に出かける。ぶらぶら歩くと1時間コース。

4時オープンの10分前で、入口には行列ができていた。

黒とオレンジのスカートに上半身裸の集団は、この町でよく見かける巡業者たち。

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祠の前でお祈りするお母さん。

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子供の健康と幸福を願うのは万国共通だ。

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夜8時、シャワーをしてからホテルを出た。

今夜はここに来た晩に入ったBARで夕食。

最初は一人で飲んでいたが、10分もしないで、後ろのテーブルにいた若者二人と合流。

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「日本の写真、見るかい?」とか、「俺の家族のビデオ見ないか?」と話かけると、

たいがいのってくれる。

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彼らは二人ともおなじ会社のタクシーの運転手。

彼は26歳で、4歳と8か月になる子供がいる所帯持ち。名前は加藤茶。


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聞きなれない名前は覚えられない。聞こえたのがそんな感じ。

もう一人は22歳、独身。同僚で独身だから、さしずめ志村けんと呼ぼう。

明日は二人とも非番だそうだ。


彼らの友達も通りかかって、写真を撮る。

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彼らはブランデーのソーダ割り、Ray次郎はビールだけ。

9時になった。おしゃべりはそこそこにして、遅くならないうちにホテルへ帰ろう。


床屋さんでアーユルヴェーダ

2月18日(水)マドライ、午後

白髪の頭も無精ヒゲもかなりのものになってきた。

このままでは東々先生の顔になってしまう。午後から町の床屋さんへ行く。

ヴェ・ラン・ガニの仲見世で見た床屋さんより、

100万都市の都会だけあって洗練されている、ように見える。

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お父さんと、

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せがれさんの二人でやっている店。

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まずBeforeの写真を撮っておく。

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料金はカット100ルピー(180円)、髭剃り70ルピー。洗髪はなし。

先客2人がいなくなったので、早速始めてもらう。

まずはカット。電気カミソリで頭の後ろと耳のわきを大雑把に刈りこむ。

次に水を頭にスプレーされ、櫛をいれながら散髪バサミでカット、

ここまでは新潟の髪KIRI屋さんと同じで、手際が良い。

すきバサミは使わず、散髪バサミ1丁で仕上げた。ここまで15分。


なにやら得体のしれない液体を口のまわりにスプレーでかけられ、

シェービングクリームをたっぷり塗られてから、髭剃りに入る。

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せがれさん、髭剃りナイフの替え刃を新品に取り換えてから、ゾリゾリ。



髭剃りの最中に、「ヘッドマッサージはどうですか?20分で300ルピー」



ガイドブックにインドのアーユルヴェーダのトリートメントが紹介されていたのを思い出した。

箱形のスチームバスで汗を流し、全身にオイルを塗ってマッサージ。

食事療法やら、瞑想、ヨガと、いろいろ組み合わせて、

リゾートホテルで3日間過ごす、究極の癒しがアーユルヴェーダだ。



その中のヘッドマッサージだけをしてくれるらしい。

まあ、いいでしょう、ものは試しでやってもらいましょう。

小瓶に入った紫紅色のオイルをたっぷりと頭に塗り込む。

手のひらで頭をもんだり、たたいたり、髪の毛をひっぱったり、

だんだんほんわかと頭が熱くなってきた。


このオイル、ラグーさんに「お土産に良いですよ」、と教えられたことがある。

寝る前にオイルを塗ってマッサージすると良く寝れるし、

休みの日に、これをしてからビールを飲むと、天国にいる気分で昼寝できます。



眠くはならなかったが、ほわほわしたような気分にはなった。


散髪15分、髭剃り15分、マッサージ20分、約1時間ですべて終了。

すっきりした顔がこれです。


























どうです?顔も頭も期待通りにすっきりしてるでしょ。

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ほかに客も来ないので、せがれさんと話をする。

日本の床屋さんのシステムは、

散髪、シャンプー、髭剃り、マッサージがすべてセットになっていて、1時間半かかる。

料金は2,000ルピー。(せがれさん、ビックリ顔。だってここは170ルピーですからね)

しかもお客は座ったままで全てのサービスを受けられる。

イスがリクライニングになり、お客を寝た状態にして回転。

鏡の前のシンクに頭をのせて温水シャワーで洗髪。

終わるとまたイスを回転させ、同じ寝たままの状態で髭剃り。

身振りと手振りをまじえて説明した。

せがれさん、英語の話せないお父さんにタミル語で説明する。

最後にいつもの親善大使のビデオや日本の風景写真を見せてあげた。

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頭が軽くなり、すっきりした。「Thank You!!」、握手をして店を出た。


ウエイテイングリスト35番目、Impossible!!

2月18日(水) マドライ。

ここマドライで5日目。そろそろ移動のタイミングになった。



午前10時、駅に行きカーニャクマリ行きの時間を調べた。

水曜と金曜に昼間出発する便があるが、これには乗れない。

毎日運行しているのは夜中の0時15分だけ。

隣にある予約センターへ行き、申込書を書く。

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窓口でこの便の寝台車(Sleeping Class)の予約を申し込むと、

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「この便はウエイテイングリストの35番目になります」

「Possible ?」 「Impossible!」 仕方ない、予約は諦めた。

チェンナイで寝台車のチケットをマニ君から取ってもらったが、

旅行社の予約チケットだったことを思い出した。

彼が方々の旅行社をまわって確保してくれたんだ、と思う。




駅から信号の無い通りを渡る。この時注意すること。一人では渡らない。

車が来る進行方向に対して、現地の人が川上に来てから、

その人たちと同じタイミングで歩き出す。これが一番安全なやり方。

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旅行社を見つけた。

明日のカーニャクマリ行きの寝台列車の予約が取れるか聞いたが、「Impossible!!」

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毎日運航しているプライベートバスならOK、と言うので予約した。

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予約の内容を説明してくれた。

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上から自分の名前と携帯番号、次にホテル名と部屋番号(ホテルまで迎えにきてくれる)、

2月19日、午後9時30分、マドライからカーニャクマリまで、DROP(片道)、料金は750ルピー。

到着時間を聞いたら、午前2時30分。5時間の深夜急行バス。

着いてからどうするかは、着いてから考えよう。


まだ暑い時間帯なのでいったんホテルへ戻ろう。

喉渇きにサトウキビジュース。

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覚えておられるかな?3時間のバスツアー。

Indian Beauty 認定第1号を発見した、あの写真なしの記事、

意地悪ばあさんもいたが、

「脇腹をサリーの間からたっぷり出したおばさん」もいた。

あの場面には、この写真がふさわしい。

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ジュースを飲んだ後、通りでたこ焼き屋さんを見つけた。

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試しに買って食べてみた。ふわふわしてワッフルのような味だった。

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久しぶりに甘いものを食べた。








タバコの買い方、おカマさん、桁が違う

2月17日(火) マドライ

夕方ホテルを出て寺院へ向かう。お店でタバコを買い、ジュースを飲む。



こちらでの一般的なタバコの買い方は、基本1本買い。

パックで買った人を見たことがない。(Ray次郎はパックで買ってますけど)

なので店にはタバコを抜かれたパックがゴロゴロある。

Ray次郎の銘柄がパック買いできない時は、今残っている本数を数えて

売ってくれるというわけ。

そして店には必ず火が付いた麻縄か、

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マッチが置いてある。

1本買いした人はこれで火をつけ、その場で吸って、店の前にポイ。

これがインド式スモーキング。

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このお店ではジューススタンドもやっていた。

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果実をミキサーにかけると、しぼったカスを店の前にポイ。

今までに行ったほかの店ではそうではなかったが、

この店のやり方はこの式らしい。

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寺院に近づいて、店先で見つけた Indian Beauty?

いいえ、認定作業には入れません。この人たち、おカマさんで~~す。

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何か面白い事はないかと、寺院の前の敷石に座って待つこと30分。

隣で花を編んでいるおばちゃんは、

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この子の母親で、

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もう一人のこの子はお姉ちゃん。

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母親が編んだ花飾りをカゴに入れて、売り歩いているが、

たまに母親のところへ戻ってきては、何か話をして、また売りに出る。

別に変わったこともなし、ホテルに戻る。




今夜は屋台で買ってきた小ぶりのキュウリと野菜焼きそば、それにチキンスープ。

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食べ終えた後、キューリをコマにして地図においてみた。

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一番上のハサミの位置がデリー。

右上から左下におかれたタバコの先が、チェンナイ。

そこからキューリのコマを二つ降り、左へ移動。

そこがラグーや東々先生たちと出遭ったテルバンナマライ。

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そこで決意しチェンナイへ戻ることにし、東々先生たちとコマ2つ分上に

ご一緒させてもらった。左上からのタバコの先、カンチープラムからはひとりで

チェンナイに戻り、そこでヒジの手術。術後はまたコマをひとつ降りた

マハーバリプラムで静養した。

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元旦にはもこみち君やいばらき君、静養で再訪したときは

結婚式やブランデー野郎、そしてグノー君に案内してもらった村だ。

再びチェンナイに戻り、術後の経過をみてもらった。

チェンナイからはトルッチー、ヴェ・ラン・ガニを観光し、

今は黒いボールペンの先、マドライにいる。

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ここから大陸最南端のカーニャクマリを目指す。

ここまでの地図のオレンジ色の部分がタミル州。

黄色のケーララ州、そして最後の目的地が赤い洗濯バサミのゴア。

いつまでかかるかな。


地図に付属しているインド統計を開いた、

各州の州都、面積、人口、人口密度、識字率が書いてある。

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最後の欄はインド全国の数字。面積は日本の9倍、人口は12億、識字率は74%。

ムッムッ? 人口の桁数がおかしくないですか?

謎はとけないままだった。

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2/17 本はあきらめて、チェンナイへ宅配

2月17日(火) 

午前中は7階のレストランで過ごす。

ここのWi-Fiの電波が一番強くて、ブログアップがさくさくとはかどる。

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レストランのボーイさんがのぞくので、いろいろ見せてあげる。

朝食の客が帰れば、彼らも暇を持て余している。

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リュックが重いので、持ち込んだ本を諦めた。いろいろ調べたり聞いたりしたが、

日本への発送はできそうにない。そこで、最後に会う約束をしているマニ君に預けることにした。

ホテルのフロントで国内の宅配便業者を訊いた。

バススタンドの近くにあるベルマル寺院のそばにあると教えられた。

まずバススタンドまで行き、そこで寺院がどこにあるか、2個所で聞いた。

なんとか寺院は見つけたが、宅配便業者の事務所が見つからない。

寺院のそばの店で聞いて、行ってみるが分からない。

4軒聞いてやっと見つけた。もう何べんもその前を通っていたのに

気づかなかったのだ。

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写真左上にかすかに塔門が写っているのがベルマル寺院。

その寺院と向かいあって事務所があったが、ここも寺院だとばかり勘違いして、

この間の通りを何回も行ったり来たり。

だって、この構え、そう見えるでしょ。

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とにかく見つけたので中に入り、本を預ける。

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おじさんが適当な段ボール箱を見つけ、

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梱包するまで見届ける。

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事務所のカウンターへ行き、

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発送先のマニ君の住所を書いたノートを見せる。

事務員さんが送り状をパソコンで作成し、終了。

マドライ→チェンナイ間の発送費220円。

ここまでホテルをでてから1時間半かかった。



夕方、マニ君の携帯に電話。

「重い本を君の家に送ったから、春まで預かって」

「おけさ、おけさ」、彼の「OK Sir,OK Sir」はいつもこう聞こえる。

そういうマニ君、4日にあげず電話をかけてくる。

「サイトさん、大丈夫?今どこにいる?」、だいたい聞かれることは決まっている。

「明日の夕方には着くと思うから、届いたら電話して」

「おけさ、おけさ」、彼は気の良いインドの友達だ。


2/17 神様の象が舞い降りた

2月17日(火) マドライの朝

朝8時、バナナを買いにホテルを出た。

買い物の後、駅を1回見ておこうと向かう。これがマドライ駅。

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プラットホームには長い列車が。

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寝台列車はもう、もぬけの殻。

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別のプラットフォームで貨物車を撮る。

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駅を出てホテルへ向かう細い道で、顔に化粧をした象さんが目の前に、

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昨日寺院の中にいた神様の象だ。もちろん一緒について行く。

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地元の人はバナナやお菓子を象さんにお上げする。

これは神様の代わりに象さんがその場でいただく。

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象さんの鼻に紙幣やコインを渡すと、

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これは神様への寄進なので、象使いのおじさんに渡す。

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「これこれ、寄進もしないで写真だけ撮っちゃいかんよ、君」

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でも象さんは怒っているわけではなく、優しい顔をしていた。

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渡り廊下の下をくぐって、ホテルの中庭へ。

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ここでも大人気、子供はきょとんとしているが、母親は神妙な顔をしている。

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20分も同行させてもらい、かなりの寄進が集まったのを確認したところで

ホテルに戻った。思いがけない朝の散歩になった。

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豪華なAmbulance(救急車)のそのわけは?

2月16日(月) マドライ

橋を渡って新市街地区に入った。

しばらく行くと、救急車が停まっていた。


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AMBULANCE、しかも何台も列をなしている、

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反対の側道にも、車の後ろ側にAMBULANCEと書かれた車が停まっている。

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車の前側にはライオンの写真が、

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車はオープンで、真ん中にはライオンをはべらせた王様の椅子。


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「これなんですか?」

このおっちゃん、全然英語がだめで通じない。諦めた。


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駐車している道の外壁の向こう側から人の声が聞こえて、なにやら騒がしい。

建物に入ってみた。

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入口はセキュリテイーがあって入れない。入口の上にあったサイン、全然読めない。

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建物を回り込むと大勢の人が待っているように見えた。


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外で待っているおにいちゃんに訊いた。

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「ここは何ですか?」、「ここは妊婦のための病院です」

そうか産婦人科か。外にいる人たちはベービーを待っているんだ。

「あなたも待っているんですか?」、「ええ、初めての赤ちゃんです」

「男の子、女の子?」、「女の子です」

「おめでとう!パパさん!」

「ところで、この病院の側道に停まっている豪華な救急車は何ですか?」

「あれは全部、死者を運ぶ車です」、

霊柩車って事? 釈然としないまま、お父さんとは別れた。


病院の窓はすべて鉄格子に守られていた。

中をのぞいていたら、警備のあんちゃんに写真を撮れとジュスチャーされ、

鉄格子の中にカメラを突っ込んで撮った。

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別のおねえちゃんもあんちゃんに呼ばれて、もう1枚。

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さっきの救急車へもう一度行く。見逃していたが、これは棺だったのか。

それにしても透明の棺とは、、、。

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喉が渇いたので通りの屋台でココナッツジュース。

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一服している隣のおじさんも撮る。

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一緒に撮ろうとジェスチャーされ、Ray次郎と記念写真。

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大きな通りを歩いて、次の小路を見ると、ここには赤いオープンカーの霊柩車。

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ちゃんと棺が納まるようになっていた。

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霊柩車サービスの事務所の看板、

写真にある救急車をまねた霊柩車は、エアコンがついている車だった。

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事務所の人に訊いた。「このオープンカーの料金は?」、

「それは飾る花の量によるね、1,000ルピーから5,000ルピーまであるよ」

そうかラグーさんの町で見かけたあの花車。

花でこのオープンカーを飾り、市内をゆっくり走って花をまくのか。



さらに歩くと、大きな建物。外にたっていた警備員さんにきいたら、

ここは国立の総合病院だった。

近くに霊柩車サービスがいっぱいあるわけが分かった。

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川に向かう道に曲がり、また大きな建物。

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看板を見ると眼科専門の病院。

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小さな病院もいくつかあり、この地区に集積していることが分かった。


渡って来た橋よりひとつ遠い橋。もう日が暮れ始めた。

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橋を渡り、さっきの橋まで戻る川沿いの道を歩く。


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干上がった川の中に洗濯物がいっぱい干してある。

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ここの住人が干していたのだろう。

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旧市街の寺院を周り、新市街の救急車と病院を見て、もう2時間半経った。

午後6時半、トクトクに乗ってホテルに帰った。


マドライの寺院は旧市街

2月16日(月) マドライ

ホテルの窓から見えるミーナークシー・アンマン寺院へ向かう。

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歩くこと15分ほどで着いた。



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見飽きたかもしれませんが、極彩色の彫刻。

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寺院は東西南北のゴープラムに囲まれてして、

四角い回廊のように、外壁沿いに遊歩道ができている。

飾り物を売るおばちゃんたち。

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子供は当然のようにクリケット。


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北門に、

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東門。

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どの入口でも、サンダルやカメラ、ライターを窓口にあずかってもらい、

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ボデーチェックを受けてから、構内に入る。

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したがって、寺院内部の写真は一切撮れていない。

千柱の回廊や、美術品の展示は素晴らしいものがあったが、

残念ながらRay次郎の独り占めになりました。

お堂の中に、顔に化粧をした象がいました。参拝者からお金を鼻で受け取ると、

鼻で参拝者の頭をなでたり、鼻を頭の上に載せてくれたりします。

お金はコインでも紙幣でも上手に受け取り、象使いの人の手に渡します。



寺院を出て北に向かうと、ブドウ・マンダバと呼ばれる市場があります。

その天井を見て分かるように、ここは昔の寺院の建物内部にあります。

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女性用のアクセサリーや革製品、布製品、衣服などが主な売り物です。

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服地屋さんでは、大勢の仕立て屋さんがミシン仕事に精を出しています。

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市場をさらに北へ向かえば、川に突当り、そこが寺院側の旧市街の境。

川を渡れば新市街になります。

めずらしく赤・黄・青の信号

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ボーダーの橋が見えました。

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広い川幅のところどころに黒い水が流れているだけで、

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牛とゴミだけの川原のようになっています。

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川を渡り切ったので、これからは新市街。



生意気SOTAに前足キック、ど~~~ん!

「おーい!! プー太郎にミー助!! これからNoriちゃんと散歩かい?」

1

「ふん!俺はプルって、ちゃんとした名前があるんだぞ」

2


「ふん、ふん! あたいはミルよ。レデイにむかってミー助とは失礼な!」

3 (2)


「おいおい、あいさつもなしで行っちゃうのかよ。生意気だじょ、プー太郎!」

4


「お前の方こそ、生意気だぞ。可愛いからって、図に乗るんじゃないぞ!」

こうしてやる!! 前足キック、ど~~~ん!!

6


5

「これこれ、ケンカしないの。大人が子どもをいじめちゃだめでしょ」

7


「あたいは、SOTAの顔舐めまくっちゃおっと」

8 (1)


「プル兄ちゃん、すっきりしたね。最近あいつ、ほんと生意気なのよね」


8


「Ray父さんがいたらできないけど、

俺様の前足キックがきいたね。ほら、あいつ立てないぜ」

10




「もこもこ服で起きられないよ~~~~」

12


「おかん、ビデオ回してないで起こしてよーー。

もうプー太郎とかミー助とか言わないからっ、、、、」

11








マドライの安宿でパンツ一丁、BARでビール

2月14日(土) 午後5時 マドライ着

「インドの車窓から」の撮影が終了し、マドライ駅に着いた。

ホームから改札口(といっても出入は自由)へ向かう通路で、

インド軍の兵士が前を歩いていた。

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手には立派な銃。


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ホームから構内を抜け、駅を出るだけで大汗をかいた。

出てすぐの屋台で、サトウキビジュースを続けて2杯飲む。



トクトクに乗って、ガイドにあった Hotel International へ。

Wi-Fiはロビーのみ、温水シャワーありで、1泊800円の安宿。

いつもは、まず中級ホテルを確保し、それから安宿探しをするが、

今回は逆パターンをやってみた。

本当になんにもない部屋。

「International」って、「なにもない」という形容詞だったかな。

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3階の一番奥まった部屋。

温水シャワーとは、廊下の突当りに1か所だけある蛇口から出てくるだけ。



部屋のバケツでお湯を汲みに行く。シャワー室でパンツ一丁になって、まず頭を洗う。

そのままの姿で次のお湯を汲みに行く。今度は裸になって身体を洗う。

想像をたくましくして欲しくないので、写真は載せない。

それにしても蛇口に一番近い部屋で良かった~~。




今夜は外で食べるしかない。通りへ出てBARを探す。

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ありましたBAR。字は読めないが、それと分かる看板。

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ビール、チキンと生野菜とマッシュルーム揚げ、それにポテトフライを頼む。

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近くの席で談笑するおじさん、

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注文を取りに来る店員さん。

この店員さん、Ray次郎の席の前を通るたびに話かける、話好きなおじさん。

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安宿に帰る前によさげなホテルを見つけた。Wi-Fiは部屋でFree、温水シャワー、

朝食無料、Non A/Cで1泊2,400円。 

毎晩パンツ一丁はつらいので、明日からの予約を入れた。


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2月15日(日) 朝起きると早々にホテルを移動した。

5階の部屋の窓から見える寺院。

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7階のレストランへ行き、無料の朝食を食べる。

イドリー(米粉の白い蒸しパン)に2種類のソースをかけて食べた。

食後のコーヒーを飲んでいたら、急に吐き気をもようした。

急いで部屋に戻り、トイレに駆け込んだ。さっき食べたものを全部吐いた。

朝食はバナナにせよと、身体が要求していた。

しばらくすると落ち着いたので、パソコンを開いて

「インドの車窓から:特別編 “制作秘話”」の放映準備を始めた。

話は前後しましたが、これでブログがつながりました。

インドの車窓から : 特別篇 “制作秘話”

2月14日(土) トリッチーからマドライまでの列車の旅。



翌日15日(日)、この制作作業にあたる。

撮りためた写真を整理しブログにアップし、

ナレーションのシナリオを書いたが、遅々として進まない。

なぜか? それはインドのWi-Fi環境の劣悪さにありました。

まず簡単にネットがつながらない。ホテルのWi-Fi名は出るが、パスワードを

打ち込んでも「制限付」の表示が出る。

これではつながっていない。何回か続けて試していると、ひょっこりつながる。

つながってもスピードが遅い。1枚の写真をブログの管理画面でアップするとき、

サクサク行けば、ものの数秒で行くところが、何分もかかる。

キンドルを片手に、本を読みながらのアップ作業になってしまった。

普通なら1時間で終わるアップ作業が、ここでは2時間も3時間もかかってしまう。

さて、3時間の作業が終了したので、「記事を保存」のボタンをクリックした。

送ったと思ったブログ記事は、Wi-Fiがなぜか切断されていて、送られていなかった。

3時間の作業が消えてなくなったときのショック!!

午前2時間の作業は、途中でバナナを買いに出たため、いったん保存してあった。

午後から3時間かけた作業分が消滅したわけだ。

夜、ビールと焼きそばを腹に入れ、気を取り直してパソコンに向かう。

1時間の作業の途中で「保存」をクリックしたが、また消滅。打ちのめされた。

(誰か何とかしてくれませんか?)



あきらめて、藤沢周平の連作「彫師伊之助捕物覚」のうち、「消えた女」を途中まで読んで寝た。



翌々日16日(月)、朝6時に目覚めWi-Fiをつないでみたが、つながらない。

昨夜の本の続きを読む。



岡っ引きだった伊之助は妻に裏切られたのを期に、今は浮世絵の版木を彫る職人になっている。

なんとなくその日暮らしを続ける伊之助だが、

昔の岡っ引きの親方に頼まれ、行方不明になった親方の娘を探すことになった。

岡場所や切り見世といった夜の娼家をあたるうちに、娘が悪徳商人と汚職役人との

癒着のからくりの目撃者になっていたため、拉致されていたことを突き止めた。

「剃刀の伊之」と異名をとったほどの男が江戸の町によみがえる。

するどい推理とめっぽう強い拳術で悪に立ち向かう伊之助。

ほかには八丁堀同心・半沢清次郎、流れ星と呼ばれる盗っ人が登場してくる。

昔馴染みの居酒屋の女主人・おまさとの切ない恋もからんで、

ストーリーは展開していく。

最後はすべてハッピーエンドになって終了。



周平の時代物サスペンスには、このほかに

青江又八郎の用心もの、神谷玄次郎の同心もの、立花登の獄医ものなどがあります。

泣かせる市井ものも良いですが、外国のサスペンス小説が好きだった周平の

面目躍如の時代サスペンスも面白いですよ。



読み終えて午前7時半、またWi-Fiを試す。

今度はつながった。まことに気まぐれな奴だ。

午前9時、「記事を保存」のボタンをクリック、

皆さまのもとに届きますようにと、祈りを込めて。






インドの車窓から : 後編

2月14日(金)午後11時20分 放映

チャランチャチャ、チャラ・チャ・チャッー、チャ~~ラ~~~(テーマ音楽)

“インドの車窓から:後編” (Brought by 富士通、ナレーター・石丸礼次郎でお送りします)


2等車の窓から、

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遠くの山並みが見えてきました。

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山並みは続き、形もいろいろと変化していきます。

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どうやらマドライの町に近づいてきたようです。

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豊かな穀倉地帯もインドの現実ですが、

喧噪と汚濁に冒された都会もまたインドの現実を物語っています。


列車はゆっくりとカーブし、


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3時間半の長旅を終え、マドライ駅に静かにすべりこみました。



乗客も、

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貨物も、

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プラットホームに降り、家路に急ぎます。

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チャランチャチャ、チャラ・チャ・チャッー、チャ~~ラ~~~(テーマ音楽)

Brought by 富士通




プロフィール

Ray次郎

Author:Ray次郎
越後生まれのRay次郎。
リタイヤを機に
あれこれと始めた
後半人生の旅の記録

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