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正露丸放浪記の秘密、それは逆遺伝

独り娘のNAWOが2007年8月に単独でバックパッカーの旅に出た。

当時27歳、独身。


大学卒業後、東京で雑貨の輸入卸の会社に就職して、バイヤーをしていた。

数年後、その会社をすっぱり退社し、中米メキシコを皮切りに、中南米、南米の

世界遺産を巡り、ブラジルからアフリカのモロッコへ渡り、

短期間ではあるが中央ヨーロッパ、イギリス、フランス?、東南アジア、香港?と旅して、

2008年の春に日本に帰り、数か月後に当時プー太郎をしていた従妹のS子と

今度は二人でインドへ旅をしたという、長い、長い旅だった。


Ray次郎のインド版「正露丸放浪記」の元祖は、

その時NAWOが長い旅の記録をつづったブログ、「キンカン放浪記」だ。

「キンカン」を「正露丸」に置き換えたというパクリが、我がブログのタイトルの謎明し。



NAWOが旅に出る前年、2006年の10月、東京に長期出張した折、

この旅の話をNAWOから「行きたいんだけど」と聞かされた。

「若い時にしか行けないし、結婚したらもちろん行けない」と神妙な顔をしていた。

すぐにはOKの即答は避けたが、本音はNAWOの人生にとってプラスはあっても

マイナスはないとの思いがあり、逆に背中を押してあげたかったくらいだ。



ここビーチでの過ごし方は観光があるでなし、雑踏の町歩きがあるでなし、

久しぶりにNAWOのブログを読みなおした。面白い。



我が娘ながら観察力は鋭く、

文章はRay次郎のようにだらだらと長くなく、ユーモアに満ちて、簡潔だ。

旅の途中で出会った若者同士のふれあいは、まったく屈託がなくて楽しい。



忘れていたが、「キンカン放浪記」の中で、「チャランチャッチヤ」と書き始め、

「世界の車窓から」のテーマソングを流した記事を見つけた。

思考回路が同じだった。

Ray次郎は逆遺伝されて書かされていたというわけだ。



NAWOが周ったのはほとんどスペイン語とポルトガル語の国ばかりなので、

英語がほとんど通じない。そして金もない。

今思えば、心細い旅ではなかったか?

しかも旅のはじめのころにデング熱にかかって1週間も寝込んだ。

Noriちゃんは心配して体重が落ちた。



NAWOに比べればRay次郎の放浪旅は、毎晩ビールは呑むは、タクシーに乗るは、

Wi-Fiと温水シャワーがなければホテルには泊まらないは、

外人向けのレストランで高い料理をたべるは、まったくの贅沢三昧だと思う。

それもこれも40年間のお勤めのささやかなプレゼントだと思って、許してもらおう。



もう少し旅を続けさせてください。


ここ、廊下のデッキから聞こえる潮騒と、遠くに見える漁火のせいだろうか、

いつもと違い少し感傷的になったRay次郎でした。



P.S NAWO様

いろいろばらしてゴメン。怒らないでSOTAのビデオ、頼むね。

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No title

なににビックリって、
キンカン放浪記がまだ見られる状態だ!ってことに
驚きました。
そんな過去、
亀田公園で子供と走り回る私には
見る影もないけどね〜
私も久々に見てみようかなぁ。

シゲも贅沢三昧、キンカンを超える
素敵な旅を!

No title

とても、とても「キンカン」を超えられるとは思っていません。

歳が歳だし、十数ケ国以上放浪した「キンカン」とは違って

インドだけだし。

でも現地の人と触れ合うのは、逆遺伝のおかげで

とても楽しんでいます。
プロフィール

Ray次郎

Author:Ray次郎
越後生まれのRay次郎。
リタイヤを機に
あれこれと始めた
後半人生の旅の記録

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