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梅の香り、梅まつり藤五郎

梅まつりで最初に思い浮かべるのは、江戸時代、徳川斉昭が作った水戸の偕楽園でしょう。

梅酒と梅干なら紀州の南高梅がブランドになっています。

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知名度はローカルですが、亀田の藤五郎梅も捨てたものではありません。

亀田では町おこしの一環として15年前から梅林をめぐる梅まつりを企画しています。

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すっかり住宅地に囲まれたり、郊外型の専門ショップが軒を並べたその通りの裏側では、

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どっこい、梅林が健在です。

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まち歩きガイドブックでは藤五郎梅の歴史をこのように紹介しています。

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 江戸時代の終わり頃、旧亀田町荻曽根の青果問屋、宇野藤五郎が観賞用に植えていた

梅の実を市に出したところ、「果汁が多く、肉厚で大玉だ」と好評を博し、

藤五郎梅と呼ばれるようになったと言われています。

 また、現在の「藤五郎梅」は明治の終わりころに、宇野節次郎(屋号 藤五郎)が

千葉県水戸市から優良苗を持ち帰り、選抜した品種とされ、

この梅を新潟市内で売り歩くうちに、品質が特に優れていたため、

時の県令がこの梅を「藤五郎梅」と命名したとされます。

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江南区役所の庭にはこの藤五郎梅の古木が保存されています。

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梅まつりと亀田まち歩きコースは、昨年2回ほどRay次郎がガイドをつとめました。

亀田駅から歩きはじめ約7キロ、2時間30分のコースです。

最初は旧商店街を歩き、亀田町の成り立ちや栗ノ木川の舟運の歴史、

円満寺に残る俳句の句碑から、正岡子規にまでさかのぼる亀田俳句の歴史を解説しました。


梅が主役ですから、梅林もそぞろ歩き、青空にピンクの花がきれいでした。


今年は町あるきガイドのお呼びがなく、ひとりで歩いてみました。

梅の木を伐採したあとに、薪づくりをしている作業員を見かけました。

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梅林の近くにある「雪国科学」という会社の作業員です。

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地元の人なら新聞広告などでよくご存じだとは思いますが、

融雪工事をしたり、薪ストーブを販売している会社です。

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薪も販売しています。


Ray次郎も8年間、雪国科学の薪ストーブを自宅に設置していました。

梅やリンゴの木の薪はほんのり香りがあるといわれていますが、

焚いたことはなかったので真偽のほどは分かりません。

残念ながら今シーズンから自宅には薪ストーブの姿はありません。

代わりに孫のSOTAの遊び場所が広くなりました。


話が逸れましたが、亀田の梅まつりは今週いっぱい開催しています。

桜の花見の前にぜひ梅の花見を楽しんではいかがでしょうか。





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Ray次郎

Author:Ray次郎
越後生まれのRay次郎。
リタイヤを機に
あれこれと始めた
後半人生の旅の記録

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